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急行〔佐渡〕リバイバル運転

2003年に運転された急行〔懐かしの急行佐渡号〕

 「上越急行」に止まらず「国鉄の急行」として活躍した165系電車。40年余活躍した165系電車も引退の時を迎え、最後の行脚として、2003年(平成15年)6月21日・22日に急行〔懐かしの急行佐渡号〕が運転された。

 1997年(平成9年)12月20日・21日に上越新幹線開業15周年とJR東日本創立10周年、さらに永く新潟地区で活躍していた165系電車の第1編成の引退を記念して、運転された急行〔懐かしの急行佐渡号〕に続き、2回目の運転となった。

2003年に運転された急行〔懐かしの急行佐渡号〕 3月末に運用から引退した快速〔ムーンライトえちご〕用の編成を従来の湘南色と呼ばれるカラーリングに塗りなおし、往年の急行〔佐渡〕と同じく、大型のヘッドマークを取り付けて運転されたが、客室は快速〔ムーンライトえちご〕時代のリクライニングシートのままだった。

 急行〔懐かしの急行佐渡号〕の他にも、165系電車の人気を反映して、〔さよなら165系信越号〕〔さよなら165系吾妻号〕〔さよなら165系上越号〕の他にも、中央本線の急行〔懐かしの急行アルプス号〕(新宿−松本間)、急行〔懐かしの急行かいじ号〕(新宿−甲府間)、急行〔懐かしの急行かわぐち号〕(新宿−河口湖間)や快速〔懐かしの大糸線165系〕が運転され、急行として活躍していた上越線や中央本線で、最後の雄姿を披露した。

 往年の13輌編成のような長大編成ではないものの、6輌編成でも十分に存在感を示すものだった。快速〔ムーンライトえちご〕としても、もう戻ることのない上越線を走る165系電車にはどことなく悲壮感が漂っているようにみえた。

165系電車〜最後の活躍〜

 165系電車は、快速〔ムーンライトえちご〕の運用を離脱後、廃車の道しか残されていなかった。

 しかし、2003年(平成15年)度前期のNHK朝の連続テレビ小説「こころ」の舞台となった上越線沿線を走る臨時快速〔こころ〕として、最後の活躍の場が与えられた。

 快速〔ムーンライトえちご号〕時代そのままに、越後湯沢−長岡間を2003年9月28日までの土曜・休日に1往復運転された(全車自由席)。最終日の9月28日には急行〔さよならこころ〕(団体列車扱い)として、越後湯沢−新潟間の下り列車が運転された。

 2003年(平成15年)9月28日、越後に生まれ越後に最後の場を求めた165系電車が約40年間のその歴史に幕を閉じた。

 1997年(平成9年)12月20日・21日に運転された急行〔懐かしの急行佐渡号〕は、上越新幹線開業15周年、JR東日本創立10周年を記念したものだった。それと同時にその年の10月ダイヤ改正で運用から離脱した165系電車の第1編成の引退を飾るものだった。1997年(平成9年)10月のダイヤ改正では、長野新幹線開業により、新潟地区をはじめ、JR東日本の関東甲信越エリアで大きな改正となり、急行〔赤倉〕が特急〔みのり〕にバトンタッチして引退したのもこのダイヤ改正だった。

 急行〔赤倉〕が廃止されたことで、急行〔懐かしの急行佐渡号〕の復活運転が実現したわけで、なんとも運命の巡りあわせと言うか、皮肉な巡りあわせとも言えよう。1982年(昭和57年)11月15日の上越新幹線大宮暫定開業では運転本数は削減されたものの、新幹線通過地域の利便性と大宮乗換えによって、急行〔佐渡〕は残されたが、1985年(昭和60年)3月13日に廃止された。それ以来、約12年半ぶりの復活となった。

 前月に同様に復活運転を遂げた特急〔とき号〕に負けないくらいの鉄道ファンのギャラリーが沿線に押しかけ、思い思いに急行〔佐渡〕の面影を探していた。

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