| Historical Timetable |
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九州のある方から入手した貴重な史料です。その方の説明によると、
耶馬渓(大分県下毛郡本耶馬渓町)に住み着き、馬渓文庫を開いた小野桜山(広島出身、1850〜1935)が、耶馬溪の「青の洞門」を開いた僧禅海(越後高田出身)の足跡を訪れる旅に出た際に使われたものです。
というものです。
小野桜山は、相当の収集家(コレクター)だったらしく、1887年(明治20年)に耶馬溪を訪れ、その幽遠の美に魅了され、この地を永住の住家としました。和漢の古書籍収集に没頭し、1万巻を越すコレクションを完成させました。つまり、この時刻表は、小野桜山が禅海の出身地・新潟を訪れた際に収集したものということになります。
さらに、この時刻表が製作された時代を絞っていくことにしましょう。
- 三條町 → 1933年(昭和8年)以前
- 時刻表中央に記載されている「三條町 原山商店」は、現在も三条市内で書店業を営んでいる老舗の書店です。三條町は現在の新潟県三条市で、南蒲原郡三条町が1934年(昭和9年)1月1日に市制施行し、三条市となりました。この時刻表が製作された頃はまだ「三条町」なので、1934年(昭和9年)よりも以前に作られたものとなります。
- 一ノ木戸駅 → 1926年(大正15年)8月以前
- 時刻表左側の一ノ木戸駅は、現在の信越本線・東三条駅です。1897年(明治30年)11月20日に開業した駅で、開業当初は時刻表にも書かれているように「一ノ木戸」とされ、1926年(大正15年)8月15日に「東三条」と改称されました。
- 弥彦線 → 1925年(大正14年)4月以前
- 弥彦線は、越後鉄道(私営)として、1916年(大正5年)10月16日に弥彦−西吉田(現在の吉田)間で営業を開始しました。その後、燕まで延長され、さらに、1925年(大正14年)4月10日に一ノ木戸まで延伸されました。私営鉄道といえども、弥彦線(越後鉄道)が時刻表に掲載されていないのは不合理なので、この時刻表は、弥彦線が一ノ木戸まで延伸される以前に製作されたものと考えられます。
- 上野発着の直通列車 → 1905年(明治38年)8月以後
- 大正時代、上野−新潟間の直通列車は、信越本線(長野)経由で運転されていました。まだ、上越線が全通していなかったからです(上越線は1934年に全通)。ですから、軽井沢発着の列車があったりします。下り列車で軽井沢5時50分発の列車と高崎6時00分発の列車が約2時間半も間隔があるのは、横川−軽井沢間の碓氷峠越えに相当な時間を要していたからと推測できます。
- また、信越本線(長野)経由で上野−新潟間の直通運転を開始したのは、1905年(明治38年)8月ですので、この時刻表は、これ以降に作成されたものと考えられます。
| 1897. |
11. |
20 |
北越鉄道・一ノ木戸−沼垂(現廃駅)間が開業し、一ノ木戸駅開設 |
| 1898. |
6. |
16 |
北越鉄道・長岡−一ノ木戸間が開業、三条駅開設 |
| 1905. |
8. |
|
官鉄・日本鉄道・北越鉄道が上野−新潟間で直通運転を開始 |
| 1907. |
8. |
1 |
北越鉄道が国有化され、信越線となる |
| 1905年(明治38年)〜1925年(大正14年)の間に、この時刻表が製作される? |
| 1925. |
4. |
10 |
越後鉄道・燕−一ノ木戸間が開業 |
| 1926. |
8. |
15 |
一ノ木戸駅が東三条駅と改称される |
| 1927. |
10. |
1 |
越後鉄道が国有化され、弥彦線となる |
| 1934. |
1. |
1 |
三条町が市制施行 |
以上のように時代を絞っていくと、1905年(明治38年)から1925年(大正14年)までの間に製作された時刻表ではないかと推測できます。ただ、時刻表中央に記載されている「改正」がいつのダイヤ改正なのかは、まだ様々な文献から調べていく必要があります。
現在の推定結果 「約100年前の1906年(明治39年)以前に製作された時刻表である」
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