| 1828 Echigo Sanjô Earthquake |
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天災は忘れた頃にやってくる Disaster strikes when it is least expected.
三条地震を後世に伝える慰霊塔
JR弥彦線北三条駅から10分ほど歩いた三条市東裏館1丁目に真言宗智山派の多宝山「寳塔院」がある。越後32番観音札所霊場で1126年(大治元年)に開山した古刹である。毎年8月10日の子安観音祭(観音さま)では多くの参詣者で賑わう。
この寳塔院には、三条地震の犠牲者を悼む「地震亡霊塔」が建立されている。
「地震亡霊塔」は、寳塔院11代目当世で地震当時は隠居していた隆全和尚が、地震の翌年8月に地震の犠牲者を懇ろに葬るため、五輪塔の地震亡霊塔を建立した。

地震亡霊塔は、三条市の文化財(史跡)に指定されている。
| 三条市指定史跡「地震亡霊塔」 |
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Memorial Centaph for victims of the Great Sanjo Earthquake |
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文政11年(1828)11月12日午前8時ころに起きた三条地震は、マグニチュード6.9の直下型地震でした。震源は栄町芹山付近とされています。信濃川に沿った南北25キロメートルの地域では、震度6以上の激震で、被害は越後11藩に及びました。
震源に近い三条では、六斎市でにぎわい、朝の煮炊きのさなかの大地震でした。倒れた町並みの13か所からいっせいに火の手が上がり、町は大混乱となりました。現在の三条市域の被害は、全半壊3,160余軒、焼失900余軒、死傷者1,040人に上りました。
この地震亡霊塔は宝塔院の11世隆観和尚らが願主となって、無縁の被災者を葬り、供養するため、地震の翌年に建立された五輪塔です。
三条市教育委員会
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The Great Sanjo Earthquake with a magnitude of 6.9, hit Sanjo area at around
8 a.m. in November 12th 1828. The victims of the earthquake reached more
than 3,160 houses collapse, 900 houses burned sown and 1,040 people were
killed or injured.
This memorial cenotaph was erected the following year of the earthquake
by holy priest Ryukan 11-Houtouin Temple, as a tribute to the unknown departed
soul.
Desibnated as Sanjo City Cultural Asset
Sanjo Board of Education
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また、三条地震から4年後の1832年(天保3年)8月には、地震による多数の物故者を菩提するため、現在の三条市元町に浄土真宗本願寺派の三条別院(西別院)が建立された。この別院は、安楽寺の住職が発願し、村上藩主から3,000坪の寄進を受け、宗派を問わず広く浄財の喜捨を募ることを許され、京・西本願寺の掛所として造立された。年々、震災日の11月12日を宗祖の報恩講の初日として、震災物故者の追悼法要が営まれてきた。
1832年に建立された建物は、1880年(明治13年)5月の上町糸屋万平火事で焼失、1884年(明治17年)に再建されたものの、1920年(大正9年)に再び焼失し、1927年(昭和2年)に鉄筋コンクリート造りの本堂を再び建立した。
西別院と呼ばれた三条別院は、東別院(浄土真宗大谷派三条別院)までの花祭りのスタート地点となっていたが、建物の老朽化などを理由に、本堂を取り壊し、現在では「さんじょう鍛冶道場」となっている。
備えあれば憂いなし Prepare for the worst, and you'll have no regrets.
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