「三条の代名詞です」
三条といえば、コレ。400年近い歴史を持つ「三条鍛冶」。三条鍛冶から三条の金物の歴史は始まりました。
鍛冶の町だったことを証明するように「鍛冶町」という地名がありました(現在の本町6丁目)。今では、研磨の音、鋼を作り出す音が響き聞こえなくなってしまい、中国産の格安金物に押されっぱなしですが、三条金物の品質は世界が認めています。ちなみに、近くのホームセンターで木工道具などのメーカーをご覧ください。メーカーの所在地が「新潟県三条市」になっている製品が多いはずです。
伊勢神宮の「式年遷宮」の際には、三条で製造した和釘を奉納しました。日本国内だけでなく、世界へ羽ばたいている三条の代名詞です。
「結婚に理想な男だとか……」
三条の男性はよく働くと言われています。
昔、「三条男に加茂女」という言葉があったそうです。よく働く三条の男性と美人の加茂の女性との結婚が理想と言われていたそうです。そのうえ、新潟県は離婚率全国最低。でも……この言葉、最近はめっきり聞かなくなりました。
「『十六文キック』は永久に不滅です」
力道山亡きあと、日本のプロレスをアントニオ猪木氏とともに支えてきたジャイアント馬場氏。彼は、三条生まれの三条育ち。正真正銘の三条人。1938年(昭和13年)1月に西四日町の青果商の家に生まれた馬場正平は、四日町国民学校(四日町小)、第一中、三条実業高(三条商高・県央工高)と進み、三実を中退して読売巨人軍に入団。野球では大成せず、野球を断念したあと力道山門下の日本プロレスに入門。以後の活躍はここに記すまでもなく、プロレスだけでなく、その大柄で優しくユーモアたっぷりの馬場氏はテレビでも大活躍。
三条には年に1回必ずプロレス興行を開き、三条の街を209cmの大きな身体で歩いていたという(ちなみに筆者も幼少期に越前屋ホテルで馬場氏を目撃したことがあります)。生涯現役を貫き、若手のエースメインマッチの前座でもマットに上がり続け生涯通算5,759試合を戦った。1999年(平成11年)1月31日16時04分、天に召されました。戒名は、顕峰院法正日剛大居士(けんほういんほうしょうにちごうだいこじ)。4月17日に日本武道館で開かれた『お別れの会』には、ファン2万7,000人が献花に訪れました。5月2日に東京ドームで『ジャイアント馬場「引退」記念興行』を行い現役を引退。
残念ながら、三条には馬場氏を顕彰した記念館などは未だにない。さらに、名誉市民にも推挙されていない。2005年(平成17年)に移転する三条高の旧校舎に記念館を作ってはいかがでしょうか。
>>>ジャイアント馬場記念館 www.giant-baba.com/
「三条出身らんだて」 「へぇ、へぇ」
「高橋克実」といえば、フジテレビ系「トリビアの泉」の司会として有名、さらに、ドラマ「ショムニ」シリーズの満帆商事寺崎部長役でも有名な演技力抜群の俳優です。そんな彼も実は、三条弁をこよなく愛する三条人なのです。1961年(昭和36年)4月1日、神明町に生まれた高橋克実氏は、裏館小、第三中、三条東高と進み、上京。
1987年(昭和62年)劇団離風霊船に入団し主演男優として活躍し、東宝「ウェルター」で映画デビュー。1993年(平成5年)にはNHK「トーキョー国盗り物語」室岡洋輔役でテレビデビュー。以後の活躍は、ここに記すよりも公式サイト、ファンサイトをご参照を。テレビだけでなく、映画、CM、舞台と多忙な毎日を送る人気俳優です。
今でも多忙な合間を縫ってたびたび三条に帰省し、本寺小路などで目撃されているという。
>>>SISカンパニー 高橋克実 www.siscompany.com/02manage/11takahashi/ >>>俳優・高橋克実さんを応援するページ marc.mydns.jp/
「三条の人々を育みます」
三条の水は、五十嵐川の上流部、下田村から取水され供給されています。「男はつらいよ」風にいえば「私、生まれも育ちも越後の三条。五十嵐川を産湯に使い、……」となるでしょうか。三条に生まれたジャイアント馬場氏も高橋克実氏も、三条っ子の産湯は、五十嵐川の水が元です。三条の「うんめぇ」コシヒカリと日本酒を造り出すのはこの清流・五十嵐川の恵みなのです。また、日本一の大河・信濃川も河運で、三条に発展をもたらしました。
「越後の仏都です」
三条はお寺の町です。浄土真宗大谷派三条別院(東別院)を中心に、法華宗総本山本成寺を擁する三条は、多くの善男善女が訪れる越後の仏都でもあります。仏教に欠かせないのが、仏壇。三条では仏壇の製造も続いており、三条仏壇は金仏壇の格調と品格に定評があり、1980年(昭和55年)には国の伝統的工芸品の指定を受けました。な〜む〜。
「三条人なら一度はお詣りしています」
越後三条の総鎮守・八幡宮。八幡公園は市民憩いの場で、4,700坪の敷地内には、総鎮守の八幡宮をはじめ、地場産業である金物の祖神をまつる「金山神社」などが鎮座されています。園内には、良寛詩碑、文人先覚の顕彰碑などが建立されており、落ちついた雰囲気を醸し出します。>>>[三条のおまつり]
「定年退職なんて言葉はないのかも」
三条のお年寄りは元気です。定年退職なんて言葉とは縁のない鍛冶仕事、だからこそベテランの技が光っています。故ジャイアント馬場氏のように「生涯現役」がいっぱいいます。けれども、たま〜に注意しなければならないこともあります。それは、自転車に乗っているお年寄り。近づく車もお構いなし。「我、他の物体は関せず」とばかりに、左右をよく見ずに道路を横断する。それも横断歩道でないところで、車が来ているっていうのに……。車道の真ん中を自転車でノンビリと走ってしまうんです。元気な子どもたちより、珍走団より、三条で一番怖いのは、こんな「元気なお年寄り」です。
「その昔、スキー場がありました」
永明寺山は一般に「大崎山」とよばれ、山内にはキャンプができるグリーンスポーツセンターや日本初の日食観測を記念した日食観測碑があります。標高が123mなので、ピクニックで簡単に登ることができ、大崎山公園には、木製のアスレチック遊具を配した冒険広場、広々とした緑の芝生広場、山頂には眼下に広がる三条市街を一望できる展望台があり、憩いの場として心をなごませてくれます。毎年4月中旬から5月上旬には公園頂上広場や西側斜面(通称:水源地)には約1,900本の桜が咲き、隠れた桜の名所です。また、三条市街を一望できることから夜景を望むことができ、隠れたナイトスポット?でもあります。
余談ですが、永明寺山の斜面を利用したスキー場「大崎山スキー場」がその昔あったそうです。スキー場とはいえ、リフトなんて設備はありません。登っていくには回転しているロープにしがみついて登るしかなかったようです。その上、滑り降りれる距離の100mほど。今では、記憶の遠くに残っているぐらいのスキー場です。ちなみに、永明寺山と高峰山(147.5m)、要害山(141m)の3つの山を総称して「大崎山」と呼ぶこともあります。
そして、三条のどこからでも眺めることができる高いふたつの山。守門岳と粟ヶ岳。どちらが「守門」でどちらが「粟」がご存じですか? 「左に低い粟、右に高い守門」と覚えるのがいいでしょう。さらに、西に望むは弥彦山。弥彦山は三条人の心の故郷でもあります。
「やっぱり、三条が一番っ」
三条は、至って交通の便がいいところです。東京まで新幹線で2時間、新潟まで高速バスで1時間。自然を求めたければ下田の緑豊かなところまで1時間。日頃の買い物もサティ、ジャスコをはじめ、スーパーも数多く、さらに地元密着の商店街も生き残りをかけ力を振り絞って健在です。
何より、三条弁をマスターしてから、お越しください。
惜しくもベスト10に入らなかったモノが三条にはいっぱいあります。「三条にゃ、おもしぇとこ、いっぺことあるすけ、来なせてぇ」。
テレビ東京系の看板番組のひとつ、「出没!アド街ック天国」(毎週土曜21時〜)。「地域密着系都市型エンタテイメント」を看板に、あなたの街の宣伝部長・キンキンこと愛川欽也氏とテレ東・大江麻理子アナが1時間、たっぷりとひとつの街を30アイテムに絞って紹介する番組。放送エリアから東京都内と近郊が多く、神田神保町、荻窪、熱海、汐留と、東京都外も対象となっている。
三条では、テレビ東京系のテレビ局がないからと諦めるのは早すぎる。毎週木曜24時35分から、新潟総合テレビ(35ch:NST)で放送されている。
>>>テレビ東京「出没!アド街ック天国」 www.tv-tokyo.co.jp/adomachi/