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| Saitama-shintoshin Sta. |
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日本には、約9,800もの駅があるといわれている。そんな日本の鉄道駅で、「東西南北」の方角がつく駅が揃うのは「浦和」だけである(仙台では西仙台ハイランド駅以外の「東南北」が揃う)。そして、さいたま市の旧浦和市域(浦和区・桜区・南区・緑区)には、「浦和」の名が付く駅が8つもある。
JR武蔵野線に乗っていれば、西浦和、武蔵浦和、南浦和、東浦和と続き、京浜東北線でも南浦和、浦和、北浦和、埼京線では武蔵浦和、中浦和と、「浦和続き」である。
JR線では「○浦和」と浦和が後ろに付いた駅名ばかりだったが、2001年(平成13年)3月28日に開業した埼玉高速鉄道では「浦和美園」駅が開業し、本家とも言うべき「浦和」を含め、「浦和」が付される駅は全部で8つとなった。
旧浦和市域(浦和区・桜区・南区・緑区)には9駅あり、うち8駅に浦和が付されているということになる。では、浦和が付されない駅は……というと、京浜東北線の「与野」駅である。
与野駅は、今はさいたま市中央区となった旧与野市になく、旧浦和市域にある。ただ、橋上駅舎を西口に降りれば中央区上落合で、東口に降りれば浦和区上木崎で、その昔、与野駅のホームには市の境界線が走っていた(もちろん、ホーム上に表示されているわけではないし、今でも区の境界線となっている)。このような市や区の境界線ぎりぎりの駅は与野駅だけの珍しいことではなく、例えば、新宿駅の南側は渋谷区代々木となっていたり、JR山手線の目黒駅は目黒区にはなく(品川区上大崎二丁目)、品川駅も品川区にない(港区高輪三丁目)のは有名な話。余談だが、品川駅から横浜方面への京浜急行電鉄の電車に乗って南下すると、次は「北品川」。品川駅の南≠ノは「南品川」駅ではなく、北品川駅がある。
♪ みなみ〜うらわ〜 きたうらわ
ひがし〜うらわ〜 にしうらわ
むさし〜うらわ〜 なかうらわ
浦和にゃ 七つの駅がある ♪ |
さて、もう何年前になるだろうか。フジテレビ系列で放映されていた「タモリのボキャブラ天国」。視聴者から投稿される「ボキャブった」作品(格言・物や人の名前・歌の歌詞などのダジャレをVTR化したもの)を品評する番組だったが、その中のネタのひとつに、山本リンダ唄の「狙いうち」(阿久悠作詞、都倉俊一作曲。高校野球の応援歌の定番)を「ボキャブった」作品があった。

さいたま市内の「駅」
| 駅名 |
路線 |
所在地 |
開業日 |
日平均
乗車人員 |
電略 |
| 浦和 |
京浜東北線
宇都宮線 高崎線 |
浦和区高砂一丁目16-12 |
1883(明16)/07/28 |
75,193 |
ウラ |
大宮
(JR東日本) |
京浜東北線
宇都宮線
高崎線
湘南新宿ライン
埼京線 川越線
東北・山形・秋田新幹線
上越・長野新幹線 |
大宮区錦町630 |
1885(明18)/03/16 |
233,719 |
オオ |
| 与野 |
京浜東北線 |
浦和区上木崎一丁目1-1 |
1912(大元)/11/01 |
24,372 |
ヨノ |
大宮
(東武鉄道) |
野田線 |
大宮区錦町630 |
1929(昭04)/11/17 |
65,426 |
オオ |
| 大宮公園 |
野田線 |
大宮区寿能町一丁目174 |
1929(昭04)/11/17 |
5,014 |
オコ |
| 大和田 |
野田線 |
見沼区大和田町二丁目1774 |
1929(昭04)/11/17 |
9,035 |
ワタ |
| 七里 |
野田線 |
見沼区風渡野603 |
1929(昭04)/11/17 |
10,280 |
ナト |
| 岩槻 |
野田線 |
岩槻区本町一丁目1-1 |
1929(昭04)/11/17 |
18,084 |
ツキ |
| 北大宮 |
野田線 |
大宮区土手町三丁目285 |
1930(昭05)/04/12 |
2,569 |
キオ |
| 北浦和 |
京浜東北線 |
浦和区北浦和三丁目3-5 |
1936(昭11)/09/01 |
50,097 |
ラワ |
| 日進 |
川越線 |
北区日進町二丁目881 |
1940(昭15)/07/22 |
11,732 |
ニシ |
| 指扇 |
川越線 |
西区宝来1716 |
1940(昭15)/07/22 |
14,888 |
サシ |
| 宮原 |
高崎線
湘南新宿ライン |
北区宮原町三丁目825 |
1948(昭23)/07/15 |
21,104 |
ミラ |
| 南浦和 |
京浜東北線
武蔵野線 |
南区南浦和二丁目37-3 |
1961(昭36)/07/01 |
56,227 |
ミウ |
| 東大宮 |
宇都宮線
湘南新宿ライン |
見沼区東大宮四丁目76-61 |
1964(昭39)/03/20 |
30,606 |
ヒオ |
| 東岩槻 |
野田線 |
岩槻区東岩槻一丁目12-1 |
1969(昭44)/12/01 |
9,498 |
ヒツキ |
| 西浦和 |
武蔵野線 |
桜区田島五丁目10-15 |
1973(昭48)/04/01 |
12,764 |
ニウ |
| 東浦和 |
武蔵野線 |
緑区東浦和一丁目 |
1973(昭48)/04/01 |
25,994 |
ヒウ |
| 土呂 |
宇都宮線
湘南新宿ライン |
北区土呂町一丁目14 |
1983(昭58)/10/01 |
12,760 |
トロ |
大宮
(ニューシャトル) |
埼玉新都市交通伊奈線 |
大宮区錦町685-1 |
1983(昭58)/12/22 |
17,408 |
|
| 鉄道博物館(大成) |
埼玉新都市交通伊奈線 |
北区大成町三丁目 |
1983(昭58)/12/22 |
2,568 |
|
| 加茂宮 |
埼玉新都市交通伊奈線 |
北区宮原町一丁目 |
1983(昭58)/12/22 |
1,846 |
|
| 東宮原 |
埼玉新都市交通伊奈線 |
北区宮原町二丁目 |
1983(昭58)/12/22 |
1,892 |
|
| 今羽 |
埼玉新都市交通伊奈線 |
北区今羽町 |
1983(昭58)/12/22 |
1,869 |
|
| 吉野原 |
埼玉新都市交通伊奈線 |
北区吉野町二丁目 |
1983(昭58)/12/22 |
1,682 |
|
| 武蔵浦和 |
埼京線 |
南区別所七丁目12-1 |
1985(昭60)/09/30 |
41,318 |
ムラ |
| 中浦和 |
埼京線 |
南区鹿手袋一丁目1-1 |
1985(昭60)/09/30 |
11,691 |
ナラ |
| 南与野 |
埼京線 |
中央区鈴谷二丁目578 |
1985(昭60)/09/30 |
15,050 |
ミヨ |
| 与野本町 |
埼京線 |
中央区本町東二丁目12-1 |
1985(昭60)/09/30 |
14,041 |
ヨチ |
| 北与野 |
埼京線 |
中央区上落合二丁目3-1 |
1985(昭60)/09/30 |
7,753 |
キヨ |
| さいたま新都心 |
京浜東北線
宇都宮線 高崎線 |
大宮区吉敷町四丁目57-3 |
2000(平12)/04/01 |
38,127 |
サタ |
| 浦和美園 |
埼玉高速鉄道線 |
緑区大門3888 |
2001(平13)/03/28 |
4,702 |
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| 西大宮 |
川越線 |
西区指扇 |
2009(平21)/春/― |
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日平均乗車人員は、2006年(平成18年)度の埼玉県統計より作成。
さいたま市内にあった「駅」
| 駅名 |
路線 |
所在地 |
開業日 |
廃止日 |
大宮
(川越電気鉄道) |
川越電気鉄道 |
大宮区錦町地内 |
1906(明39)/04/16 |
1941(昭16)/02/25 |
| 工場前 |
川越電気鉄道 |
大宮区錦町地内 |
1906(明39)/04/16 |
1941(昭16)/02/25 |
大成
(川越電気鉄道) |
川越電気鉄道 |
大宮区大成町一丁目地内 |
1906(明39)/04/16 |
1941(昭16)/02/25 |
| 種鶏場前 |
川越電気鉄道 |
大宮区三橋一丁目地内 |
1906(明39)/04/16 |
1941(昭16)/02/25 |
| 内野 |
川越電気鉄道 |
西区三橋六丁目地内 |
1906(明39)/04/16 |
1941(昭16)/02/25 |
| 五味貝戸 |
川越電気鉄道 |
西区指扇地内 |
1906(明39)/04/16 |
1941(昭16)/02/25 |
| 西遊馬 |
川越電気鉄道 |
西区西遊馬地内 |
1906(明39)/04/16 |
1941(昭16)/02/25 |
| 高木 |
川越電気鉄道 |
西区西遊馬地内 |
1906(明39)/04/16 |
1941(昭16)/02/25 |
| 馬込 |
武州鉄道 |
岩槻区馬込地内 |
1924(大13)/10/19 |
1938(昭13)/09/03 |
| 河合 |
武州鉄道 |
岩槻区平林寺地内 |
1924(大13)/10/19 |
1938(昭13)/09/03 |
| 岩槻北口 |
武州鉄道 |
岩槻区宮町一丁目地内 |
1924(大13)/10/19 |
1938(昭13)/09/03 |
| 岩槻本通 |
武州鉄道 |
岩槻区本町六丁目地内 |
1924(大13)/10/19 |
1938(昭13)/09/03 |
岩槻
(武州鉄道) |
武州鉄道 |
岩槻区仲町一丁目地内 |
1924(大13)/10/19 |
1938(昭13)/09/03 |
| 真福寺 |
武州鉄道 |
岩槻区真福寺地内 |
1928(昭03)/12/25 |
1938(昭13)/09/03 |
| 浮谷 |
武州鉄道 |
岩槻区浮谷地内 |
1928(昭03)/12/25 |
1938(昭13)/09/03 |
| 笹久保 |
武州鉄道 |
岩槻区笹久保新田地内 |
1928(昭03)/12/25 |
1938(昭13)/09/03 |
| 武州野田 |
武州鉄道 |
緑区中野田地内 |
1928(昭03)/12/25 |
1938(昭13)/09/03 |
| 武州大門 |
武州鉄道 |
緑区大門地内 |
1928(昭03)/12/25 |
1938(昭13)/09/03 |
| 加倉 |
総武鉄道 |
岩槻区加倉地内 |
1931(昭06)/10/13 |
1950(昭25)/07/31 |
| 下大門 |
武州鉄道 |
緑区大門地内 |
1936(昭11)/12/31 |
1938(昭13)/09/03 |
川越電気鉄道は、大宮と川越久保町の間を結んでいた鉄道で、どちらかといえば「鉄道」というより「路面電車」の性格が強かった(ほとんどの線路が道路上に敷設された併用軌道だった)。1913年(大正2年)に武蔵水電に会社名を変えたが、のちに川越東線と呼ばれるようになった。1921年(大正10年)に武蔵水電が帝国電灯に吸収合併され、鉄道部門は武蔵鉄道に譲渡された。これにより大宮線と改称した。現在の西武鉄道の前身のひとつである旧「西武鉄道」と会社名が再度変わり、西武鉄道大宮線に落ち着いた。1940年(昭和15年)7月に省線川越線が開業すると、急速に利用客が減り、翌年、1941年(昭和16年)2月に全線を廃止した。大宮駅西口から西遊馬、川越グリーンパークへ向かう路線バスが西武バスで運行されているのは、この川越電気鉄道(西武大宮線)の名残といえる。
一方、武州鉄道は、中央軽便鉄道として川口から岩槻、幸手、栗橋を経て今市で日光線に接続することを計画していた。まずは岩槻−蓮田間を1924年(大正13年)に開業し(開業前に武州鉄道と改称)、武州大門−岩槻間、神根−武州大門間が開業した。しかし、開業当初から恐慌などの経済的な影響も加わり、資金難に見舞われ、さらに日中戦争の勃発により経営危機に瀕し、最終的には川口にも日光にも延びることなく全廃された。武州鉄道の岩槻駅は、現在の東武鉄道野田線の岩槻駅とは別の駅である(東武鉄道野田線の岩槻駅は開業当初は「岩槻町」駅だった)。
なお、「加倉」駅は総武鉄道に存在した駅で、現在の東武野田線(七里−岩槻間)にあたる。
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