| Imperial Train |
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御料車
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「御料車」とは、皇族が乗る車、車輌のことである。
御料車は自動車、鉄道車輌の双方があり、自動車は宮内庁が所有しているものの、鉄道車輌は製造した日本国有鉄道(国鉄)を承継したJR東日本が所有している。
鉄道車輌の「御料車」には、天皇皇后両陛下、皇太后陛下が公式に乗られる専用車輌、天皇皇后両陛下や皇太后陛下が非公式(私的)に、あるいは皇族が外国王室や国賓が乗られる貴賓車輌、宮中三殿の賢所に祀られている神鏡を移送する賢所乗御車、皇室用の霊柩車にあたる轜車がある。
御料車には、「サロ」や「マイテ」のような鉄道車輌の形式称号は付されず、「第1号」のように号数で称される。
なお、航空機では、専用の「御料機」は存在しないが、外国に公式訪問される天皇皇后両陛下が政府専用機(ボーイング747-400)に搭乗されると「御料機」や「御召機」と呼ばれることがある。

御料車・賢所乗御車
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番号 |
用途 |
形式 |
製造年 |
全長 |
製造費 |
保存場所 |
指定 |
| 明治 |
第1号(初代) |
天皇御乗用 |
木製2軸車 |
1876年 |
7.34 |
12,000 |
鉄道博物館 |
重文
鉄道 |
| 第2号(初代) |
天皇御乗用 |
木製2軸車 |
1891年 |
8.19 |
不詳 |
鉄道博物館 |
鉄道 |
第3号(初代)
のち第13号 |
天皇御乗用 |
木製2軸
ボギー車 |
1898年 |
16.13 |
33,294 |
東京総車セ |
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| 第4号 |
皇太子・皇太子妃御乗用 |
木製2軸
ボギー車 |
1900年 |
16.13 |
不詳 |
(解体) |
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| 第5号 |
皇后御乗用 |
木製2軸
ボギー車 |
1902年 |
16.13 |
26,464 |
博物館明治村 |
鉄道 |
| 第6号 |
天皇御乗用 |
木製3軸
ボギー車 |
1910年 |
20.73 |
64,253 |
博物館明治村 |
鉄道 |
| 大正 |
第7号 |
天皇・皇后御乗用 |
木製3軸
ボギー車 |
1914年 |
20.68 |
61,525 |
鉄道博物館 |
鉄道 |
| 第9号 |
食堂 |
木製3軸
ボギー車 |
1914年 |
19.99 |
46,908 |
鉄道博物館 |
鉄道 |
| 賢所乗御車 |
賢所移送 |
木製3軸
ボギー車 |
1915年 |
19.99 |
27,106 |
東京総車セ |
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| 第8号 |
皇后御乗用 |
木製3軸
ボギー車 |
1916年 |
20.68 |
69,309 |
鉄道博物館(一部) |
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| 第10号 |
国賓(展望) |
木製3軸
ボギー車 |
1922年 |
20.00 |
132,994 |
鉄道博物館 |
鉄道 |
| 第11号 |
国賓(食堂) |
木製3軸
ボギー車 |
1922年 |
20.00 |
124,634 |
(解体) |
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| 第12号 |
摂政宮御乗用 |
木製3軸
ボギー車 |
1924年 |
20.06 |
179,031 |
鉄道博物館 |
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| 昭和 |
軽便御料車 |
天皇御乗用 |
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1930年 |
7.17 |
不詳 |
(解体) |
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第1号(二代)
のち第3号(三代) |
天皇・皇后御乗用 |
鋼製3軸
ボギー車 |
1932年 |
20.00 |
147,774 |
東京総車セ |
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| 第2号(二代) |
皇后御乗用 |
鋼製3軸
ボギー車 |
1933年 |
20.00 |
173,298 |
東京総車セ |
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| 第3号(二代) |
皇太后御乗用 |
鋼製3軸
ボギー車 |
1936年 |
20.00 |
149,971 |
東京総車セ |
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| 第14号 |
皇太子御乗用・国賓 |
鋼製3軸
ボギー車 |
1938年 |
20.00 |
不詳 |
東京総車セ |
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| 第1号(三代) |
天皇・皇后御乗用 |
鋼製2軸
ボギー車 |
1960年 |
20.00 |
58,865,102 |
東京総車セ |
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轜車
「轜車」とは、天皇、皇后、皇太后の霊柩(棺)を輸送する車のことである。
鉄道車輌として初めて轜車が製造されたのは、1897年(明治30年)11月に崩御した英照皇太后(孝明天皇の后)の大喪の時である。大喪は京都の天皇家の菩提寺泉涌寺で挙行され、後月輪東北陵に埋葬された。この移動手段として鉄道が使われたが、轜車に関する記録は乏しく、どのような車輌だったかは詳らかではない。
1912年(明治45年)7月に明治天皇が崩御した際には、東京・青山の陸軍練兵場(現在の神宮外苑)で大喪が挙行され、霊柩を京都へ運び、伏見桃山御陵に埋葬される時、東京から東海道本線経由で京都まで轜車を連結した特別列車が運行された。また、1914年(大正3年)4月に崩御した昭憲皇太后(明治天皇の后)の大喪の時にも轜車を連結した特別列車が京都まで運行された(霊柩は明治天皇の陵である伏見桃山御陵の東隣の伏見桃山東陵に埋葬された)。明治天皇・昭憲皇太后の大喪に使われた轜車はのちに病客車(負傷した軍人等を輸送するための車輌)に改造された。
1926年(大正15年)12月、療養中の大正天皇が神奈川県の葉山御用邸で崩御し、新宿御苑で大喪が挙行されることとなった。葉山御用邸から東京の宮城(皇居)に霊柩を運び、新宿御苑から八王子市の多摩陵まで移送するのに轜車を連結した特別列車が運行された(これを大喪列車とよぶこともあった)。
1951年(昭和26年)5月に崩御した貞明皇后(大正天皇の后)、1989年(昭和64年)1月に崩御した昭和天皇、2000年(平成12年)6月に崩御した香淳皇后(昭和天皇の后)の大喪では、八王子市の多摩東陵、武蔵野陵、武蔵野東陵までの霊柩移送には、自動車の轜車が用いられたため、鉄道車輌の轜車は、英照皇太后、明治天皇・昭憲皇太后、大正天皇の大喪に用いられた3輌のみとなった。
1号編成の供奉車
| 番号 |
用途 |
形式 |
製造年 |
保存場所 |
| 330 |
旧一等客室(随行員乗車)・供進所 |
鋼製2軸
ボギー車 |
1931年 |
東京総車セ |
| 340 |
旧一等客室(随行員乗車) |
鋼製2軸
ボギー車 |
1931年 |
東京総車セ |
| 460 |
発電室・車掌室 |
鋼製2軸
ボギー車 |
1931年 |
東京総車セ |
| 461 |
旧一等・二等客室(随行員乗車)・荷物室 |
鋼製2軸
ボギー車 |
1931年 |
東京総車セ |
貴賓車輌・特別車輌
1960年(昭和35年)に、皇族の小旅行、外国賓客の旅行用に製造されたのが、貴賓車輌の「クロ157-1」が製造された。クロ157-1は、外国品客の旅行先に人気が高かった日光への運行を考慮し、準急〔日光〕向けに製造された157系電車の一員となっている。
車体中央に貴賓室(天皇皇后両陛下、皇太后陛下御乗用の専用ではないためこの呼称が用いられる)があり、大きな窓と4枚折扉が特徴的である。基本的に、クモハ157-1+モハ156-1との3輌編成によって運行され、クロ157-1が編成の最後部となるように運行されていたが、電気系統の故障からモハ156-2、クモハ157-2を増結した5輌編成が運行の基本編成となった。天皇皇后両陛下が乗車される時は、先頭部分に日の丸(国旗)の掲出はないものの、クロ157-1の車体には「菊の御紋章」が掲出される。
外国賓客の旅行用も目的だったが、外国賓客の利用は少なく、専ら昭和天皇・香淳皇后が葉山や那須の御用邸に静養に出かけられる時や当時の皇太子ご一家や常陸宮ご夫妻のお出かけにも運行されることが多かった。1980年(昭和55年)に157系電車が全廃されるものの、クロ157-1は183系1000番台電車に連結されるようになるものの、1985年には特急〔踊り子〕向けの185系電車に連結されるようになり、車体塗色がそれまでのいわゆる「特急色」(新製当時は157系電車の塗色に準じていた)から、アイボリーに緑のラインに改められた。
現在でもクロ157-1はJR東日本田町車両センター(以前の田町電車区)に在籍し、御料車と同様に東京総合車両センターに留め置かれている。しかし、1993年(平成5年)以降、運行されていない。
1号編成やクロ157-1を国鉄から承継し保有するJR東日本は、2007年(平成19年)7月、1号編成が車輌製造からおよそ半世紀が経たことから、これらの代替となる「特別車両」を製造した。特別車輌は、E655系電車「ハイグレード車両」5輌と連結され、天皇皇后両陛下、皇族の行幸や外国賓客の旅行に供される。
>>> [E655系電車]
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