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1号編成

 1号編成の中心は、なんといっても御料車「第1号」(三代)だろう。

(1号編成のNゲージ車輌:マイクロエース製)

 1958年(昭和33年)に、当時の第1号御料車(二代)と供奉車が昭和時代初期の製造で、近代化工事を施すことが決まり、御料車については新造すること、供奉車については新造する御料車に合わせて近代化することが決まった。

 1936年(昭和11年)に新造した皇太后(貞明皇后)御乗用の第3号(二代)以来、22年ぶりの新造となったが、間に戦禍を挟んだことで、資料収集に苦労したという。さらに、車輌製造のスケジュールが1年程度しかなくこの点も苦労したという。

 新しい御料車は、当時最新鋭の寝台特急用客車20系客車をモデルとし、1960年(昭和35年)2月に着工し、9月末に完成した。

 新しいの御料車の外観は、深紅色に塗られ、金色のラインが2本入り、その他の装飾はなくなった。天皇皇后両陛下が実際に御乗車される御座所は、車輌中央部から外れ、車内には出入台、次室、休憩室、御化粧室、御厠、配電室が配置されている。

 御座所の天井は、20Wの蛍光灯が80本取り付け、アクリル板で覆った光天井となっており、1,000luxの明るさがある。御座所の大きな窓は強化ガラスと安全ガラスの複層ガラスで、電動で上下動し、淡緑色の巻き上げ式カーテンと金色の絹毛緞子の横引きカーテンが取り付けられている。

 室内調度は当時の最高品がとり揃えられ、床には淡黄色の絨毯が敷きつめられ、洗朱色に金の霞織出模様の綴り式絹織物が張られた両陛下用の椅子が2脚、丸紋ちらし淡水色の綴り織のテーブルクロスが掛けられた楕円形のテーブル1脚、14インチテレビ、ラジオが置かれている。

 この御料車の製造費については、出典資料によって価格が異なっている。国鉄大井工場が刊行した『御料車』(1972年)では「5,886万5,102円」、星山一男が著した『お召列車百年』(1973年、鉄道図書刊行会)では「2,710万5,000円」となっている。いずれもどの時点での価格か記されておらず、どうしてこのような2つの資料に差異が生じたかは知る由もない。仮に、双方の数値とも三代目となる1号御料車が製造された1960年(昭和35年)当時の価格として、2005年(平成17年)の価格に消費者物価指数を用いて換算すると、1億3,418万3,168円、あるいは2億9,141万1,396円となる。

 9月末に完成した新しい御料車は、10月には品川を起点に東海道本線で公式試運転が繰り返され、10月21日に博多−熊本間でC57形蒸気機関車(122号機)が牽引して、昭和天皇・香淳皇后の御召列車として運行された。

 一方の供奉車は、460号にディーゼル発電機を搭載するなどの改造を施し、20系客車で確立した「客車の固定編成」の流れを汲み、新しい御料車第1号(三代)を挟むように固定した編成となった。

461 330
  • 旧一等12人、旧二等18人の座席
  • 中央に3トン収容の荷物室
  • 湯沸所・給仕室
  • 旧一等の回転椅子25脚
  • 供進所(簡単な調理室)
  • 屋根上に編成全体のテレビ受信用のアンテナ
340 460
  • 旧一等の回転椅子16脚、30人着席のボックスシート
  • 車掌室・電源室・技術員室・湯沸所・給仕室
  • 電源装置としてディーゼル発電機2基を搭載

 なお、第1号(二代)は第3号(二代)と改められた。

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