トップplus+上々≠ネ旅V 2007〔のぞみ19号〕
〔のぞみ19号〕
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JôJô Tour 2007

東京から一番近い
「ディーゼル特急」の姿を求めて、
初冬の飛騨路を駆け抜ける

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 今回の上々≠ネ旅のラストは、寒夜の富山から。
 高山本線には翌朝の列車、北陸本線には夜行列車3本が案内されていた。
 寝台特急〔北陸〕に先行する急行〔能登〕が富山に入ってきた。
 富山駅構内には、L特急〔(ワイドビュー)ひだ〕のキハ85系気動車が留め置かれていた。
 EF81形電気機関車が牽引する寝台特急〔北陸〕が富山に到着した。
 今宵の「宿」は、6号車のB寝台個室「ソロ」である。
 きれいに用意されていたリネン類と、シャワーカードとシャワーセット。
 個室のドア回りは老朽化が著しいのか、化粧紙で「あて紙」されていた。
 5号車のスハネフ14の貫通扉には寝台特急〔北陸〕のテールマークが表示されていた。間近で見ればとても大きいのに気づく。
 6号車のスハネ14は外観からもB寝台個室「ソロ」だとわかりやすい。
 終着・上野に着く時間帯でも夜が明けきらないだろう。
3002〜3012 寝台特急〔北陸〕
0.0 富 山 23:09発
25.5 魚 津 23:28着
23:29発
79.0 糸魚川 0:07着
0:08発
117.8 直江津 0:37着
0:39発
356.4 高 崎 4:44着
4:46発
431.1 大 宮 5:53着

24時間眠らない駅

 富山ライトレールを降り、地下道を通って南口に戻り、市街地で食事を済ませ、午後10時半過ぎに富山駅に戻った。もう、越後湯沢へ向かう特急〔はくたか〕はなく、今から東京へ向かうとなれば、急行〔能登〕か寝台特急〔北陸〕となる。今や、数少なくなった「ブルートレイン」を選択したが、489系電車の急行〔能登〕も捨てがたい。

 富山駅南口改札に設置された高山本線の発車案内板には、翌朝6時03分発の普通列車猪谷行がもう表示されていた。それだけでなく、北陸本線の上りには急行〔きたぐに〕の大阪行(2時25分発)も表示されている。未明から翌朝の列車まで表示されているということは、駅舎は24時間開いたままなのだろうか。確かに、北陸本線は夜行列車の運行が少なくなく、寝台特急〔日本海〕2往復、寝台特急〔トワイライトエクスプレス〕1往復、寝台特急〔北陸〕1往復、急行〔きたぐに〕1往復、急行〔能登〕1往復の計6往復12本が運行されていて、いずれも富山に停車する。その多くが深夜〜未明の時間帯に停車し、さらに北陸本線の上りは、特急〔サンダーバード2号〕が5時前に大阪に向かうため、まさに「24時間眠らない駅」といえる。

 北陸新幹線が開業したら、これらの夜行列車の運行はどうなるのだろうか。その時、富山駅は24時間営業を取り止めるのだろうか……。

老体にむち打つ

 時計の針は午後11時に近づき、乗車券と寝台特急〔北陸〕の寝台券を手に改札口に向かった。寝台特急〔北陸〕の乗り場は5番線ホームで、跨線橋か地下道を渡らなければならない。エスカレーターは双方になく、荷物を持って階段ののぼくだりとなる。キャリアのような大きな荷物を持っている時にはエスカレーターのありがたみがよくわかる。

 蛍光灯に照らし出された5番線ホームに降りると、乗客らしき姿があった。ただ、寝台特急〔北陸〕に先行する急行〔能登〕の乗客も、このホームで列車を待っているため、必ずしも寝台特急〔北陸〕の乗客とは限らない。

 雪は降っていないと言えども12月。寒さが体の芯まで襲ってくる。売店を風上にしてなるべく寒風に当たらないように、列車の到着を待った。

 23時01分、先行する急行〔能登〕が6番線から発車していった。魚津方面への帰宅列車も兼ねているのか、サラリーマンも乗り込んでいった。勝手ながら、ただ寝過ごして高崎や上野まで行かないことを祈るばかりである。

 急行〔能登〕が東に姿を消してわずか7分後、〔北陸〕のヘッドマークを掲げたEF81形電気機関車が姿を現した。その後ろには14系客車8輌が連なっている。まさに「ブルートレイン」である。

 静かに折扉が開き、ワンステップ上がって車内に乗り込む。自分の指定された個室は2階部分にあたる。向かい側の個室と共同となる階段を数段上って、自分の個室の扉を開ける。枕木方向にベッドが設置されたタイプのB寝台個室である。客を無言で出迎えるようにリネン類がきれい置かれている。

 荷物を凹んだ置き場に置く頃、発車となった。静かに動き出す。ただ、個室ドアの内側、ノブの辺りは傷ついたのか、化粧紙を当てられていた。老体に鞭打つような印象を受ける。

 しばらくして、いわゆる「おやすみ放送」が流れ、それと前後して車掌の検札が回ってきた。大宮到着前まで放送を休む。2号車にシャワー室があるので、検札に回ってきた車掌にシャワーを申し込んだ。早朝時間帯に着くので、今のうちに浴びておくことにした。寝台特急〔北斗星〕のようなシャワー使用時間帯の指定はない。

乗客ゼロの現実

 6号車から2号車まで、通路を歩いて移動する。5号車は開放式の2段B寝台で、「寝台列車」の典型である。歩みを進めていくと、なんと乗客はゼロだった。このあとの停車駅で乗客が乗り込むのかはわからないが、開放式はやはり人気がないようだ。では、連結しなければいいのではとおもったが、床下から小さいがディーゼル音が聞こえた。14系客車は分散式電源方式なので、客車下に電源用のディーゼルエンジンを抱えた車輌がある。もしや、この5号車(スハネフ14)は、電源用をメインとして、多客時に乗客が乗れば御の字なのだろうか。

 4号車は6号車と同じB寝台個室「ソロ」、3号車はA寝台個室「シングルデラックス」で、これらの乗客の入りは各個室のドアが閉まっているのでよくわからない。

 2号車の3号車寄りにシャワー室があり、空室となっていた。早速利用することにした。シャワーは、寝台特急〔北斗星〕と同じように6分間しかお湯は出ない。それでも身体に着いた一日の汚れを落とすには十分な時間だ。

 シャワーから出て、6号車に戻る。23時を過ぎ、個室と言うこともあり、各号車に人気ひとけを感じることができない。静かに自分の個室に戻った。

 流れる車窓も街灯ぐらいの光が流れる程度で、雪が積もっているのかも認めることができない。23時28分、魚津に停車した。もう車内放送もなく、静かだ。6号車に新しい乗客はなかったようだ。

 一日で名古屋から移動して、富山ライトレールの様子を見、岩瀬浜や富山駅前の市街地を散策したためか、思いっきり睡魔が襲ってくる。荷物を若干整理して横になっていると、いつの間にか眠りに就いた。

早朝の旅の終わり

 目が覚めると、時計は5時40分過ぎを指していた。眠っている間に、糸魚川、直江津に止まり、長岡で方向転換して、高崎にも停車したようだ。もう、下車駅の大宮まで10分ほどしかない。

 冬の夜明けは遅く、まだ車窓は暗い。着替えを済ませていると、「おはよう放送」が流れた。もう大宮も近い。荷物をを整えていると、川越線が隣に寄り添い、大宮到着が近いのを知らせてくれる。

 5時54分、大宮駅6番線ホームに定刻通り到着した。折扉が開き、ホームに降り立つと、一気に寒風が身体を刺す。煌々と照らされたホームに数人の降車客があり、足早に階段に向かっていく。寝台特急〔北陸〕は、終点・上野に向けラストスパートを切った。最後尾のテールライトが小さくなっていく。ホームは朝ラッシュ前の静けさに包まれていた。

 階段を上ってコンコースに立つと、エキナカ「ecute大宮」は開いておらず、誰もが無口に襟を立てて仕事場へ向かっているようだ。ただ靴音だけが交響曲を奏でるかのように響いていた。

 京浜東北線はやはり、乗客が多いようだ。さいたま新都心、与野と停まっていくと、乗客が増えていく。北浦和辺りで立客がちらほらみられ、都会の通勤時間帯の始まりを告げていた。

(完)

 

 

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