JôJô Tour 2006
「上々≠ネ旅IV」は旭川で折り返す。
L特急〔スーパーホワイトアロー22号〕を筆頭に、快速〔きたみ〕、快速〔なよろ3号〕など、各方面に向かう列車が案内される。
札幌まではL特急〔スーパーホワイトアロー22号〕として運転されるが、快速〔エアポート162号〕として新千歳空港まで運転されるため「札幌・新千歳空港」行と案内されているようだ。
旭川駅1番線ホームで発車を待つL特急〔スーパーホワイトアロー22号〕(785系電車)。
「SWA」の白い矢(アロー)のロゴが785系電車のアイデンティティを示すかのようだ。
指定席の4号車は「uシート」となっている。
新千歳空港行の行先案内器はやや複雑な案内となっている。新千歳空港の英語表記は、音訳の「SHIN-CHITOSE KU KO 」ではなく、意訳の「NEW CHITOSE AIRPORT」となっている。
運転室下には日本語と英語で列車名が表示される。
札幌で方向転換するとともに、快速〔エアポート162号〕に衣替えする。
3022M L特急〔スーパーホワイトアロー22号〕
0.0
旭 川
15:00発
30.2
深 川
15:17着
15:18発
53.3
滝 川
15:30着
15:30発
60.9
砂 川
15:36発
79.4
美 唄
15:46発
96.2
岩見沢
15:56着
15:56発
136.8
旭 川
16:20着
道北の拠点都市・旭川
雨は止んだものの、青空を望むことは難しいほど雲が広がったまま、お昼が過ぎた。
道北の拠点都市・旭川は、内陸に位置するため、寒暖の差が激しい。そのためか、日本の最低気温の公式記録は旭川で記録されている。その最低気温は、1902年(明治35年)1月25日に記録された「氷点下41℃」。ちなみに、2000年(平成12年)1月27日に北海道東部を襲った大寒波で氷点下33.2℃を記録した陸別町では、自動販売機の「あたたか〜い」飲み物がすべて自動販売機の中で凍ったというから、想像を絶する寒さというほかない。
旭川は戦前、軍都として栄えたが、現在では、道北の拠点都市となっている。JR北海道も旭川支社を置き、宗谷本線、石北本線、留萠本線などを管轄している。何より、旭川を全国的に有名にしたのは「市営旭山動物園」だろう。他の動物園では動物の姿形を見せることに主眼をおいた「形態展示」が一般的であるのに対し、旭山動物園では動物の行動や生活を見せる「行動展示」、例えば、ペンギンのプールに水中トンネルを設けたり、ライオンやトラが自然に近い環境の中を自由に動き回れるようにするなど、動物たちが動き、泳ぎ、飛ぶ姿を間近で見られる施設にして、全国的に注目を集めている。最近では、日本最大の動物園・東京都恩賜上野動物園よりも来園者が多いという。
旭川駅は1960年(昭和35年)に建てられたため、老朽化もみられ、北彩都 ( きたさいと ) あさひかわ計画によって、2010年(平成22年)頃に高架化される計画にある。4番線・5番線ホームと富良野線の6番線・7番線ホームの間に高架新駅が建設されるという。
俊足特急
特急〔はくたか〕や特急〔サンダーバード〕と並んで、L特急〔スーパーホワイトアロー〕も俊足を誇る特急のひとつである。札幌−旭川間136.8kmを1時間20分で駆け抜け、表定速度(平均速度)は102.6km/hとなり、特急〔スーパー北斗〕には劣るものの、全国のJR特急(新幹線を除く)ではベスト5に入る。
L特急〔スーパーホワイトアロー22号〕は、旭川駅1番線ホームで乗客を待っていた。L特急〔スーパーホワイトアロー22号〕は、785系電車5輌編成で運転され、4号車が指定席(uシート)以外は自由席車輌で、グリーン席はない。いたって、シンプルな「ビジネスモノクラス特急」といえよう。ちなみに、指定席特急券に印字される列車名は「スパホワイトアロ」または「スーパーホワイト」である。
自由席号車は7、8割、席が埋まっているようだ。「札旭間」の旺盛な需要を裏付けているようだ。それでも、札幌市−旭川市間には道央自動車道を経由した都市間高速バスもジェイ・アール北海道バス、北海道中央バス、道北バス、北海道北見バスが共同運行しており、所要時間は2時間20分と、L特急〔スーパーホワイトアロー〕よりも1時間も多くかかるが、運賃が片道2,000円と安くなっている。これらの競争にJR北海道は真っ向勝負を挑み続けているわけだが、自由席の埋まり具合をみると、健闘を続けているとみてよさそうだ。
15時ちょうど、定刻通りにL特急〔スーパーホワイトアロー22号〕は旭川駅1番線ホームを離れた。ポイントを渡り、函館本線の上り本線に転線したL特急〔スーパーホワイトアロー22号〕は、一気に加速を進めた。
785系電車は、1990年(平成2年)9月に運転を開始した。最高130km/h運転ができる高性能を誇り、1991年(平成3年)には通商産業省(当時)の「グッドデザイン賞」を受賞している。登場当初は4輌編成だったが、2002年(平成14年)に新千歳空港−札幌−旭川間の直通列車をそれまでのL特急〔ライラック〕(781系電車)からL特急〔スーパーホワイトアロー〕に組み替える際、輸送力増強などから1輌を増結し、5輌編成となった。それと前後して、車体への着氷雪をふせぐよう運転室上部屋根にデフロスター(風洞)を装着したため、前面の印象もやや変わった。このほかに、車体に付着した氷雪が落下した際にバラストをはね上げ窓ガラスを破損する事故が相次いだことから、窓ガラスにポリカーボネート板を取り付けた。
キハ261系気動車の特急〔スーパー宗谷1号〕で辿 ( たど ) った道を折り返す。床下のモーター音もさほど五月蠅 ( うるさ ) くなく、線路設備がよいからか揺れもそれほどではなく、さらにラベンダー色の暖色系の座席と間接照明が「和み」を齎 ( もたら ) し、心地よく電車は進んでいった。
4号車の指定席号車には各座席前に電源コンセントがついている。主にノートパソコン向けに装備されたもので、L特急〔スーパーホワイトアロー〕がビジネス特急∞空港連絡特急≠ナあることを示している。さらに、各座席にはチケットホルダーがついており、ここに乗車券などを挟んでおけば、検札時に声をかけられることなく、眠っていても起こされることもない。些細なことだが、ここまでの気配りが心憎い。
札旭間特急物語
札幌と旭川という道央二大都市間を結ぶ優等列車の歴史は、1949年(昭和24年)9月に小樽−旭川間に不定期の準急列車が運転を開始したことに祖を求めることができる。この列車が2年後には〔石狩〕の名が付き、1954年(昭和29年)には〔あかしあ〕(函館−小樽−旭川間)に組み替えられた。1959年(昭和34年)には準急〔かむい〕の運転開始とともに〔アカシア〕は急行に格上げされた。1966年(昭和41年)に急行化された〔かむい〕は、1969年(昭和44年)10月の旭川電化によってほとんどが電車運転となった。1971年(昭和46年)には急行〔かむい〕の1往復を札幌−旭川間ノンストップ運転として急行〔さちかぜ〕に名称変更した。
1975年(昭和50年)7月18日には、急行〔かむい〕〔さちかぜ〕を特急に格上げし、L特急〔いしかり〕として、北海道初の電車特急となった。なお、当初は7月1日から運転を開始する予定だったが、労使紛争の影響をまともに受け、運転開始は半月以上ずれ込んだ。L特急〔いしかり〕は、他の北海道内の特急列車がまだ全列車とも全席指定だった時代に、普通車のみ6輌編成、うち自由席5輌という編成は異彩を放つ(当時、グリーン車が連結されない全国唯一の国鉄特急でもあった)。この伝統が今のL特急〔スーパーホワイトアロー〕にも継承されているのだろう。なお、1往復は、それまでの急行〔さちかぜ〕を継承する形でノンストップ運転となった。この時点での使用車輌は485系1500番台電車で、元々本州向けだった485系電車を北海道向けに設計変更したものの、耐寒対策が不十分だったため冬季に故障が頻発し、耐寒性能を備えた専用車両を別途開発することとし、それまでの間、冬季は運転本数を削減して車両点検を強化する等の対策を余儀なくされた。
1980年(昭和55年)10月に北海道専用の耐寒耐雪仕様の781系電車が導入され、室蘭−札幌−旭川間にL特急〔ライラック〕が登場し、L特急〔いしかり〕は〔ライラック〕に使命を託した。
1986年(昭和61年)3月に特急〔ホワイトアロー〕が千歳空港(現在の南千歳)−札幌−旭川間で運転を開始したが、当初は札幌のみに停車した。のちに岩見沢、滝川などに停車するようになった。JR北海道となって3年後の1990年(平成2年)9月には785系電車が登場し、札幌−旭川間のL特急〔スーパーホワイトアロー〕が運転を開始した。1992年(平成4年)7月に新千歳空港ターミナルビル完成によってJR北海道もターミナルビル地下に新千歳空港駅を開業させ、L特急〔ライラック〕を新千歳空港−旭川間で運行した(新千歳空港−札幌間は快速〔エアポート〕)。2002年(平成14年)3月のダイヤ改正で、新千歳空港−旭川間の快速〔エアポート〕・L特急〔ライラック〕を、快速〔エアポート〕・L特急〔スーパーホワイトアロー〕に変更した。
札幌−旭川間のノンストップ運転はなくなったが、それでも急行〔さちかぜ〕に始まった速達性はも今もL特急〔スーパーホワイトアロー〕に引き継がれている。
石狩平野を駆け抜ける
座席の前ラックに差し込んであったJR北海道の情報誌「THE JR HOKKAIDO」に目を落とし、パラパラと読んでいるだけでも時の経つのは早く、L特急〔スーパーホワイトアロー22号〕は滝川を発っていた。L特急〔スーパーホワイトアロー22号〕は、特急〔スーパー宗谷1号〕が停車しなかった砂川、美唄にも停車する。砂川、美唄とも以前は歌志内線、上砂川支線、南美唄支線、三菱鉱業美唄鉄道線が接続していたが、今やそれらは全部廃止され、函館本線がスルーするのみとなっている。砂川−美唄間で札幌を15時、L特急〔スーパーホワイトアロー22号〕が旭川を発ったのと同時刻に発ったL特急〔スーパーホワイトアロー17号〕とすれ違った。相対速度およそ250km/h、新幹線ほどではないものの、5輌編成の785系電車同士はあっという間にすれ違った。
都市間特急から空港連絡快速への衣替え
岩見沢に停車すると、次は札幌までノンストップで進む。岩見沢−札幌間は区間快速〔いしかりライナー〕や多くの普通列車が運転されており、札幌近郊圏と都市間特急の輸送体系がはっきりとすみ分けられているようだ。そのため、一気に40kmほどをノンストップで進むことになる。
札幌の到着放送が流れると、指定席号車の4号車も少しざわついてきた。16時20分、旭川から1時間20分。L特急〔スーパーホワイトアロー22号〕は、札幌駅5番線ホームに到着した。ここから、L特急〔スーパーホワイトアロー22号〕は、快速〔エアポート162号〕となる。そのため、5番線ホームは新千歳空港へ向かうと思われる利用客が並んでいた。札幌で降りる乗客の列が途絶えると、一気に5番線ホームに並んでいた列が一気に吸い込まれるように流れ込んでいった。
16時25分、L特急〔スーパーホワイトアロー22号〕から変わった快速〔エアポート162号〕は方向を変え、新千歳空港へ向け札幌駅を離れていった。
L特急〔スーパーホワイトアロー22号〕の車輌編成
1
2
3
4
5
自由
クモハ785-103
自由
クハ784-3
自由
クモハ785-101
指定
モハ785-501
自由
クハ784-1
←旭川
札幌→
「上々≠ネ旅IV」のラストを飾るは、寝台特急〔北斗星2号〕である――。
(北海道イメージアップキャンペーンキャッチフレーズ・ロゴタイプ届出番号2598)