| JôJô Tour 2006 |
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| 札幌駅の電光案内板(上)と行先表示器。北の果て「稚内」が遙か北方に思いを駆り立てる。 |
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| 特急〔スーパー宗谷1号〕はキハ261系気動車で運転される。 |
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| キハ261系気動車には「Tilt261」のロゴが貼付されている。 |
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| 隣の7番線には倶知安発千歳行の普通列車が発車を待つ。この列車は小樽−札幌間で電車と気動車が併結運転する。 |
| 2031D 特急〔スーパー宗谷1号〕 |
| 0.0 |
札 幌 |
8:30発 |
| 40.6 |
岩見沢 |
8:56着 |
| 8:57発 |
| 83.5 |
滝 川 |
9:20着 |
| 9:20発 |
| 106.6 |
深 川 |
9:33着 |
| 9:33発 |
| 136.8 |
旭 川 |
9:51着 |
早朝の札幌駅
8月30日、水曜日。雲が垂れ込め、北の大地で太陽を拝めることはなかった。きょうは、札幌から旭川へ、そして旭川から札幌を経て、寝台特急〔北斗星2号〕で帰京する。朝の札幌駅から「上々≠ネ旅」は再開した。
さて、8時15分、札幌駅――。次々に到着する普通列車から通勤・通学客がはき出され、地下鉄への乗り換えやバスターミナルへ向かっているようだ。その様子は、東京のそれと規模は違えど、忙しさは変わらない。新幹線が開業している大都市では、出張・用務の長距離特急利用者は、在来線から新幹線に分離され、在来線ホームにその姿を求めるのは難しいが、札幌のように在来線のみであると、近距離の通勤・通学客とともに、長距離の特急利用客と思しき姿も在来線ホームに見られる。それに応えるように、8時台に札幌を発つ特急列車も多い。L特急〔スーパーホワイトアロー3号〕(8時00分発旭川行)、特急〔スーパーとかち1号〕(8時02分発帯広行)、特急〔スーパー宗谷1号〕(8時30分発稚内行)、特急〔スーパー北斗6号〕(8時34分発函館行)に加え、快速〔エアポート〕が15分間隔で4本、新千歳空港に向かう。この間隙を縫って、小樽・手稲方面から、岩見沢・江別方面から、千歳・北広島方面から、あいの里公園・石狩当別方面からと4方向からの普通列車が次々に発着していく。札沼線(学園都市線)を除きそのほとんどが札幌を始発・終着とせず、スルー運転となっている。
そんな喧噪に包まれた札幌駅は、1990年(平成2年)9月に全面的に高架駅となり、降雪と寒さを考慮してか、全面的に屋根で覆われている。駅周辺には、38階建てのJRタワーだけでなく、札幌エスタ、東急札幌店などのデパートが林立し、すすき野・大通地区に次ぐ中心街となっている。ちなみに、北海道新幹線が開業すると、小樽方面から新幹線が乗り入れ、1番線・2番線ホームが新幹線用に転用されるという。
最北へ向かう特急
8番線ホームに、稚内行の特急〔スーパー宗谷1号〕がアイドリングしたまま乗客を待っていた。通常は4輌編成で運転される特急〔スーパー宗谷1号〕はこの日、2輌増結され6輌編成の陣容となっていた。
この隣、7番線ホームに停車している千歳行の普通列車は、倶知安始発の普通列車(913D〜913M〜1738M)で、731系電車とキハ201系気動車が協調して運転される全国でも珍しい列車である。一般的に電車と気動車を併結させて協調運転させるのは車輌システムの違いから難しい。1986年(昭和61年)12月から臨時列車として運転された「ゆぅトピア和倉」(大阪−和倉温泉間)は、特急〔雷鳥〕と併結運転されたが、協調運転ではなかった。1989年(平成元年)4月に、門司港−博多間で特急〔有明〕(485系電車)と臨時特急〔オランダ村特急〕(キハ183系1000番台気動車)が協調運転したのが世界でも初めての例であり、恒常的に毎日、電車と気動車が協調併結運転している例は、この731系電車とキハ201系気動車しかない。
| 911M |
手稲発(7:11)江別行(7:54) |
731系電車3輌+キハ201系気動車3輌 |
| 912M |
江別発(8:03)札幌行(8:30) |
731系電車3輌+キハ201系気動車3輌 |
| 913D〜913M〜1738M |
倶知安発(6:22)千歳行(9:20) |
小樽までキハ201系気動車3輌、小樽から札幌まで731系電車3輌+キハ201系気動車3輌、札幌から731系電車3輌 |
千歳行の普通列車は、札幌で後ろ側のキハ201系気動車3輌を切り離して運転されるため、千歳行は前側3輌である旨の放送が繰り返されている。
特急〔スーパー宗谷1号〕に使用されるキハ261系気動車は、キハ281系気動車やキハ283系気動車よりも低コストで高速化を図るために2000年(平成12年)に導入された気動車で、本格的な振り子機能はないものの、車体傾斜制御装置を搭載し、最高速度は130km/hを誇る。特急〔スーパー宗谷〕に使用される14輌のうち、12輌は第三セクター会社である北海道高速鉄道開発が所有し、JR北海道にリースしている。なお、キハ261系1000番台気動車がキハ183系気動車の後継車輌して製造されている。
6輌編成の特急〔スーパー宗谷1号〕は、指定席・自由席ともほぼ満席で、札幌から士別、名寄、稚内方面への重要な列車であることが感じられる。
8時30分、特急〔スーパー宗谷1号〕は460PSのエンジンを轟かせ、札幌駅8番線ホームを離れた。白石までは、複々線で一番北寄りの函館本線を進む。加速能力も高く、キハ281系気動車と同様に電車特急に引けを取らない。厚別を過ぎる頃には札幌の街並みは途切れ、北の原野が広がるようになる。車内は用務客も多く、列車のジョイント音が心地よく響くくらいで、静かである。
函館本線が右側から合流し、8時56分、岩見沢に到着した。岩見沢も札幌のベッドタウンのひとつになっているようだ。もともと岩見沢は周辺の炭鉱から掘削された石炭を運ぶ鉄道で栄えた街で、今でも函館本線と室蘭本線の結節点となっている。このほかに幌内線、万字線も接続していた。石炭の斜陽化とともに、石炭輸送を主眼とした鉄道も操車場が廃止されるなど規模が縮小し、国鉄の分割・民営化で岩見沢市の人口は4,000人も減少した。それでも1933年(昭和8年)に建てられた岩見沢駅舎は街のシンボル的な存在だった。しかし、2000年(平成12年)12月に岩見沢駅舎は漏電によって全焼。現在、新しいレンガ駅舎の建設が進められている。
岩見沢を離れた特急〔スーパー宗谷1号〕は、再び高性能を発揮し、最高130km/hで、増毛山地と夕張山地に挟まれた空知平野を駆けぬけていった。
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札幌から50分、9時20分に根室本線との分岐駅、滝川に到着した。岩見沢と同様にさほど乗り降りがあるわけではなかった。ほどなくして滝川を離れた特急〔スーパー宗谷1号〕は深川に向かった。なお、滝川駅から3kmほど西に行くと、札沼線の新十津川駅がある。しかし、新十津川駅は1日に3往復しか列車は発着しない。札沼線は「学園都市線」として札幌都市圏を形成しているが、その一方で、極めてローカルな路線の側面を持っている。
特急街道
函館本線の札幌−旭川間は、「特急街道」の名に相応しいほど特急列車の運転本数が多い。L特急〔スーパーホワイトアロー〕の17往復34本を筆頭に、L特急〔ライラック〕、特急〔オホーツク〕など、35往復70本が運転されている。
| L特急〔スーパーホワイトアロー〕 |
17往復34本 |
| L特急〔ライラック〕 |
11往復22本 |
| 特急〔オホーツク〕 |
4往復8本 |
| 特急〔スーパー宗谷〕 |
2往復4本 |
| 特急〔サロベツ〕 |
1往復2本 |
| L特急〔スーパーホワイトアロー〕・L特急〔ライラック〕(札幌−旭川間)ダイヤグラム |
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- 太線は785系電車、細線は781系電車、キハ261系気動車、キハ183系気動車による運転
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札幌、旭川とも毎時00分にL特急〔スーパーホワイトアロー〕が、毎時30分にL特急〔ライラック〕がそれぞれ発車するという、非常にわかりやすいネットダイヤが構成されている。
旭川へ
札幌から136.8km、1時間21分で、特急〔スーパー宗谷1号〕は、旭川駅2番線ホームに到着した。781系電車のL特急〔ライラック〕が1時間30分かかるので、停車駅数が違うといえども、電車特急に比べても遜色のない俊足≠ヤりである。旭川で指定席・自由席とも多くの下車がみられた。ほぼこの区間は、L特急〔スーパーホワイトアロー〕の役割を果たしたといって過言ではないようだ。多くの乗降が慌ただしく終わり、9時53分、特急〔スーパー宗谷1号〕は、宗谷本線の終着・稚内を目指して、ディーゼル音を響かせながら去っていった。
旭川は北海道第二の都市であり、戦前は陸軍第七師団が置かれ軍都として栄えた。「旭川」は、アイヌ民族が忠別川を「チウ・ペツ」(波のある川)と呼んでいたのを「チュッ・ペツ」(日の川)と勘違いしたため、「旭川」になったという。1898年(明治31年)に旭川に北海道官設鉄道(北海道庁鉄道部)が開業し、1905年(明治38年)に北海道官設鉄道が官設鉄道(逓信省鉄道作業局)に編入し、その際「あさひがわ」に読みが改称された。なぜ「あさひがわ」になったのかわからないが、国鉄時代もそのまま「あさひがわ」で続き、1988年(昭和63年)3月の青函トンネル開業によるダイヤ改正時に「あさひかわ」に読みを再改称した。
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| 上野(東京都区内)から旭川までの乗車券は、経由地のスペースが足りず、手書きで追加された。 |
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| (北海道イメージアップキャンペーンキャッチフレーズ・ロゴタイプ届出番号2598) |
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