| JôJô Tour 2006 |
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| 特急〔いなほ14号〕が脱線転覆した事故現場付近を通過する。防風柵の設置工事が進められていた。 |
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| 羽越本線は日本海沿いを走るものの、日本海を望める車窓区間は思いのほか短い。 |
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| 寝台特急〔あけぼの〕は秋田から奥羽本線に進む。 |
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| ホームの人影のない無人駅に停まる。鯉川で上り列車とのすれ違い。 |
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| ソロが登場した当時は斬新だったものの、どことなく「無機質」で冷たい感じを受けてしまう…… |
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| 鷹ノ巣では国鉄色にカラーリングされたキハ58型気動車が入線していた。 |
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| 6号車の洗面所。 |
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| ソロの通路は乗客が荷物を持って歩くにはやや狭い印象を受ける。 |
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| ソロ上段の入口。カプセルホテルのような雰囲気を漂わせるようだ。 |
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| 青森県に入り、大鰐温泉に停車。 |
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| 寝台特急〔あけぼの〕の旅もいよいよ佳境を迎える。 |
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| 上野から772.6km。EF81型電気機関車の先には「陸奥湾」が望める。 |
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| 乗客たちがいなくなったホームでは、回送の準備が進められていた。 |
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| DE10型ディーゼル機関車に牽引されて回送されていく。 |
| 2021レ 寝台特急〔あけぼの〕 |
| 0.0 |
上 野 |
21:45発 |
| 26.7 |
大 宮 |
22:08着 |
| 22:09発 |
| 101.4 |
高 崎 |
23:15着 |
| 23:20発 |
| 374.5 |
村 上 |
3:19着 |
| 3:21発 |
| 424.9 |
あつみ温泉 |
4:09発 |
| 454.5 |
鶴 岡 |
4:35着 |
| 4:39発 |
| 469.8 |
余 目 |
4:53着 |
| 4:53発 |
| 482.0 |
酒 田 |
5:06着 |
| 5:08発 |
| 494.2 |
遊 佐 |
5:19発 |
| 518.5 |
象 潟 |
5:43発 |
| 529.8 |
仁賀保 |
5:54発 |
| 544.0 |
羽後本荘 |
6:09着 |
| 6:10発 |
| 586.8 |
秋 田 |
6:47着 |
| 6:52発 |
| 615.6 |
八郎潟 |
7:18発 |
| 633.2 |
森 岳 |
7:39発 |
| 643.5 |
東能代 |
7:50着 |
| 7:51発 |
| 660.3 |
二ッ井 |
8:06発 |
| 676.6 |
鷹ノ巣 |
8:17着 |
| 8:18発 |
| 691.0 |
大 館 |
8:35着 |
| 8:36発 |
| 715.3 |
碇ヶ関 |
8:57発 |
| 723.4 |
大鰐温泉 |
9:05着 |
| 9:05発 |
| 735.2 |
弘 前 |
9:17着 |
| 9:18発 |
| 772.6 |
青 森 |
9:55着 |
鎮魂の現場
ふと目が覚めた。空は白み始めていた。時計の針は5時前を指していた。村上、あつみ温泉、鶴岡、余目と停車していたが、全く気づくことなく眠りの中にいた。次は酒田に停車する。寝台特急〔あけぼの〕が徐々にスピードを抑えた。一面の田園風景の中、線路際に工事用の鉄板が見えた。2005年(平成17年)12月25日に発生した特急〔いなほ14号〕の脱線転覆事故の現場だった。予見が不能だったといわれる突風(ダウンバースト)が脱線転覆の原因といわれている。このような事故がなくなることを改めて祈念したい。
早朝から下車が続く
5時06分、酒田に到着した。村上からこまめに停車していく寝台特急〔あけぼの〕の車内は、まだ本格的な夜明けを迎えてはいないが、確実にまもなく下車駅を迎えようとする乗客の支度は進められているようだ。酒田でも10名程度の下車が見られた。
白み始めた空を眺めながらベッドに横になっていると、もう一眠りに就いてしまった。目を覚ましてくれたのは、6時30分に始まった秋田到着前のいわゆる「おはよう放送」だった。
車内販売
羽越本線を北上し続けた寝台特急〔あけぼの〕は6時47分、秋田に到着した。夏休みが終わっているのか、ホームには高校生の姿が多い。もう8月30日の日常の朝≠ェそこにはあった。
秋田で5分停車し、車内販売が乗り込んだ。ここまで、車内販売もロビーカーもなく、供食設備は皆無だった。確か、上野駅では繰り返し「食堂車、車内販売はございません」と放送していた。せめて、飲料の自動販売機くらいは設置してほしいものだ。まったく「飛び込み」で乗り込んだ場合、秋田まで洗面所に設置されている飲料水以外は供食がない。高崎での5分間停車などでホーム上の自販機から調達できるとはいえ、秋田まで全く供食設備がないのはさみしい限りだ。
奥羽本線を北上
羽越本線も一部単線区間があるが、奥羽本線の秋田−青森間はほとんどが単線区間で、線形にも関係するのだろうが、寝台特急〔あけぼの〕もスピードが下がってしまったようだ。八郎潟に停車した寝台特急〔あけぼの〕は、次の鯉川に運転停車した。鯉川は無人駅で人の気配はない。3分停車の間に上りの快速大館発秋田行が通過していった。寝台特急を待たせて快速列車が通過していくのも通常では考えにくいが、この快速列車は秋田で〔こまち8号〕に接続するダイヤが設定されていて、この快速列車を優先させたいのも無理はないだろう。
車内販売の放送も流れ、車内は全く「朝の顔」となっていた。5号車のソロでは、50〜60代の女性客グループが個室のドアを開けて、ひとつの個室に集まり語らいでいた。従来の開放2段B寝台ではプライバシーが気になるものの、かといって完全に個室で語らえないのも楽しくない。そこで、まとまって個室を確保して、そのひとつの部屋に集まったようだ。
森岳に到着する放送では「最後尾の1号車はホームがありませんので、ドアが開きません。2号車より前側でお降りください」と喚起された。電源車を1輌増結しているからだろうか。こんな放送は滅多に聞くことができない。しかし、時刻表によれば、寝台特急〔あけぼの〕は多客期には電源車を含め13輌編成となる。きょうのこの編成よりも3輌長い。13輌編成では4輌分もホームにさしかからずドアが開かないということなのだろうか……。
寝台特急〔あけぼの〕は、奥羽本線内でもこまめに停車していく。そして、各停車駅でほぼ降車客があるのに驚く。8月最後の日曜日に上野を出発した下り列車というのを考慮しても、この乗客の数はまだこの地域には寝台特急〔あけぼの〕を必要としている証左といっていいのではないだろうか。
7時50分、東能代に停車。ホームの向かい側には五能線の弘前行普通列車が待っていた。わずか2分あまりの接続で発車する。4輌編成の列車には高校生が大勢乗り込み、ほぼ定員並みの乗車率とみえる。ちなみに、この弘前行の普通列車は、五能線を大回りし弘前には寝台特急〔あけぼの〕より約3時間遅い12時14分に到着する。
羽後本荘から4号車の開放2段B寝台は、立席特急券で乗車できる「ヒルネ」区間となっている。これは、寝台特急を昼間の特急列車としての機能を持たせたもので、寝台特急〔あけぼの〕でいえば、4号車が特急〔いなほ〕、〔かもしか〕の役割を果たすことになる。二ッ井、鷹ノ巣と停車していき、大館からは4号車だけでなく3号車も立席特急券利用に開放された。
鷹ノ巣では、秋田内陸縦貫鉄道線が接続している。秋田内陸縦貫鉄道は、旧国鉄阿仁合線、角館線、鷹角線(未成線)を引き継いだ第三セクター鉄道であるが、奥羽本線の駅名と秋田内陸縦貫鉄道の駅名が異なっている。奥羽本線は「鷹ノ巣」とノが入るのに対し、秋田内陸縦貫鉄道は「鷹巣」とノが表記されない。秋田内陸縦貫鉄道に転換された際、旧阿仁合線(秋田内陸北線)側は「鷹巣」と、町の名前(鷹巣町)と同一になった。ただ、JR側は旧来の「鷹ノ巣」のままとなっている。もっとも、鷹巣町も市町村合併で「北秋田市」となっているが。
いよいよ青森県へ
寝台特急〔あけぼの〕は、白神山地の合間を縫うように矢立峠を進んでいく。8時45分頃、上野から牽引し続けてきたEF81型電気機関車から汽笛が聞こえた。秋田・青森県境の矢立トンネルに入ったようだ。碇ヶ関、大鰐温泉と停車し、いよいよ残す停車駅は弘前のみとなった。
9時17分、弘前に到着した。青森県下第二の都市である弘前は、江戸時代津軽氏が治める弘前藩の城下町として栄えた街である。2002年(平成14年)12月に東北新幹線が八戸まで開業し、特急〔つがる〕が八戸まで直通するようになり、東北新幹線〔はやて〕と接続している。それでも乗り換えの必要がない寝台特急〔あけぼの〕にも人気があるらしく、比較的多くの降車が見られた。弘前からは弘南バス・京浜急行バスが「ノクターン」「青森上野号」として東京までの夜行高速バスなどを運行しており、寝台特急〔あけぼの〕と競合している。このような夜行高速バスが「ゴロンとシート」をうみ出したのだろうか。しかし、車輌の老朽化は否めない。だからといって、東北新幹線が新青森まで建設工事が進んでいる今、24系客車に変わる新型車輌を導入する可能性は低い。485系電車を改造して寝台電車にしてもいいだろう。たとえ8輌編成に半分しか乗客がいなくとも、485系電車の6輌編成であれば、まだまだ新しい〔あけぼの〕を期待できそうだ。
♪上野発の夜行列車 降りたときから 青森駅は……
北常盤で運転停車(9時28分)し、いよいよ寝台特急〔あけぼの〕もラストスパートを迎える。国道7号線と思わしき幹線道路が奥羽本線に併走しているが、どうも向こうの方がスピードが出ているようだ。左手から津軽線が合流しそうな頃、新青森駅を通過した。右手には巨大な工事現場が広がっている。ここが東北新幹線の終着地「新青森」駅となる。東北新幹線は現在の青森駅には乗り入れず、北海道新幹線に接続するよう津軽半島のつけ根に位置する場所に建設されている。
「まもなく終点の青森です。5番線に到着、お出口は左側です。東北本線上り、普通列車八戸行は10時12分、……」と津軽海峡線、津軽線の乗り換え案内が続き、津軽線が左から合流し、青森港めがけて一気に左に進んでいく。
9時55分、寝台特急〔あけぼの〕は定刻通り青森駅5番線ホームに到着した。各車輌のドアが開き、荷物を手にした乗客が次々に改札口へつながる階段へ向かっていく。石川さゆりの名曲「津軽海峡冬景色」(阿久悠作詞、三木たかし作曲)が頭をよぎるが、「♪上野発の夜行列車 降りたときから 青森駅は雪の中 北へ帰る人の群れは誰も無口で 海鳴りだけを聞いている」とは裏腹な風景である。
先頭のEF81型電気機関車は到着と同時に切り離し作業が進められ、24系客車から離れていった。一方で、青森車両センター(旧青森運転所)のDE10型ディーゼル機関車が東青森駅方向から近づいてきた。このころには5番線ホームに寝台特急〔あけぼの〕の乗客の姿はない。これまで最後尾だった1号車にDE10型ディーゼル機関車が連結され、アイドリングが続いた。どうもすぐには回送されないようだ。
約12時間の長旅を共にした寝台特急〔あけぼの〕に別れを告げ、青森駅改札口に向かった。
寝台特急〔あけぼの〕の車輌編成
| 1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
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オハネフ24 10 |

オハネ25 218 |

オハネ25 211 |

オハネフ24 2 |

オハネ24 553 |

オハネ24 552 |

スロネ24 552 |

オハネフ24 21 |
電源車
カニ24 109 |
電源車
カニ24 508 |
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| ←上野 |
青森→ |
- 1号車は「レディースゴロンとシート」、8号車は「ゴロンとシート」
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