トップplus+上々≠ネ旅III 2005〔富士〕
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〔富士〕
東京
JôJô Tour 2005

2005年 夢四国(コーストラリア)一周+ブルートレイン “上々”な旅

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 雪が降り続く広島駅。
 東京方面への寝台特急は、20時00分発の〔あさかぜ〕、22時37分発の〔富士〕、0時10分発の〔さくら〕〔はやぶさ〕の3本あるが、3月以降は〔はやぶさ〕〔富士〕の1本だけになってしまう。
 岡山駅と同様に広島駅にも改札口上にプラズマディスプレイが設置されていた。山陽新幹線の遅れとともに、NHK総合テレビ(プロジェクトX)を流していた。
 乗客を導くかのように「特急 富士 22:37 東京」が輝く。
 広島駅に到着した可部線の可部からの普通列車(828M)。115系3000番台電車には真っ白になるほど、雪がついていた。
 広島駅に到着する寝台特急〔富士〕。ヘッドマークにも雪が積もっている。「本物」の雪を頂いた〔富士〕のヘッドマークは貴重なショット。
 「日豊線経由」は、その昔、〔はやぶさ〕とともに西鹿児島発着だったため、鹿児島本線を経由した東京に向かう〔はやぶさ〕に対して日豊線経由で東京に向かう名残がこんなところに残っているのか……
 JR九州所属の14系15型客車のB寝台「ソロ」(階下側)。
 暗闇の車窓に「ソロ」の通路のライトが眩しい。けれど、どこか“くたびれ”感は否めない。
 「ソロ」に備えられている寝具類。個室はキー式で鍵がかかる。
2 寝台特急〔富士〕
変更
0.0 広 島 22:37発 22:48発
82.9 尾 道 23:48発 23:58発
103.0 福 山 0:04発 0:15発
161.3 岡 山 0:48発 0:57発
528.2 名古屋 5:19発 5:34発
637.1 浜 松 6:32発 7:31発
714.0 静 岡 7:30発 8:30発
748.0 富 士 8:02発 8:58発
768.0 沼 津 8:17発 9:19発
789.6 熱 海 8:35発 9:39発
865.4 横 浜 9:36発 10:40発
894.2 東 京 9:58着 11:03着

“トリ”を飾る寝台特急〔富士〕へ

 さて、寝台特急〔富士〕は、遅れながらも広島に向かっているようだ。これで、無事に東京に戻れそうだ(半面、戻りたくはないが……)。

 改札口脇にあるコンビニ「Daily・in」で、ペットボトルの飲み物や軽食などを買い求めた。事前に、寝台特急〔富士〕には車内販売がないことを知っていたからだ。乗車してから5号車のロビーカーに飲み物の自動販売機があることがわかったが、東京までのおよそ11時間も飲み物も何もないのは辛い。

どうして広島に向かったのか?

 ところで、東京に帰るのに、どうしてわざわざ岡山から広島へ向かったのか? どうでもいいことかもしれないが、これを説明しておこう。第一の理由は2月いっぱいで廃止される寝台特急〔さくら〕に乗車したかったからである。第二の理由は「ひかりレールスター」(700系7000番台電車)にも乗ってみたかったから。

 しかし、寝台特急〔あさかぜ〕とともに廃止されることになっている〔さくら〕は、“お別れ人気”で、B寝台「ソロ」もB寝台も確保が難しく、同じ車輌で運転されている寝台特急〔富士〕で今回の旅の“トリ”を飾ろうと、〔富士〕の「ソロ」となった。

雪を頂いた寝台特急〔富士〕

 コンビニで飲み物と食料、ついでに夕刊や雑誌も調達し、改札口を通って、4番線ホームに向かった。改札口の奥に掲示された発車案内では、まだ山陽新幹線が遅れていて、最終の新幹線まで遅れがありそうだ。発車案内に導かれるまま、4番線ホームに降り立った。線路上には枕木が隠れるぐらい雪が積もっている。ホーム上にも吹き込んだ雪がうっすらと溶けずに積もっているところもある。

 4番線・5番線ホームには、山陽本線や可部線、呉線の電車が発着していくが、どの電車も前面には雪が着き、真っ白になっている。もう少し雪が強ければ運転抑止になりかねないような印象を受け、降雪状況によっては、寝台特急〔富士〕の到着もさらに遅れてしまうのかと危惧してしまいそうだ。

 「寝台特急、富士号、東京行をご利用のお客様にご案内致します。富士号は10分ほど遅れて到着します……」という構内放送が流れた。もうしばらく待つことにしよう。高架の新幹線ホームの駅ビルの手前、8番線・9番線ホームには、ディーゼル音を響かせた芸備線の列車が停まっていた。山陽本線が発着するホームは、帰宅客で賑わっているが、そこのホームだけ少し静かで、ひっそりとしていた。

 22時46分、列車入線の構内放送に続いて、ヘッドライトを輝かせたEF66型電気機関車を先頭にした寝台特急〔富士〕が入線してきた。

  • <<動画>>
    寝台特急〔富士〕(大分発東京行) 広島駅到着 【2005年2月1日】
  • fuji_hiroshima_arr.wmv
    (992KB:0.97MB:0分35秒)

 EF66型電気機関車の先頭には〔富士〕のヘッドマークがついていた。丸ではなく富士山の形に作られた〔富士〕のヘッドマークには、富士山のいただきに雪が描かれているが、きょうばかりは本物≠フ雪をヘッドマークに頂いている。

 寝台客車特有の折戸が開いた。さっそく、乗り込んだ。車内は、ホームの喧噪とは対照的にに静かで、指定された個室のドアを開けた。荷物を片隅に置き、ベッドに腰を落とした。

 22時48分、寝台特急〔富士〕は、EF66型電気機関車の短い汽笛とともに、動き出した。“トリ”を飾る約900kmの〔富士〕の旅が始まった。

老朽化が否めない「ソロ」

 広島発車後、まもなくしてJR西日本車掌の検札が回ってきた。検札ついでに伺ったところ、広島発車時点でソロは9つ埋まっているという。全部で18室だから、この時点で半数は埋まっている。岡山までにもっと埋まることだろう。

 それにしても、ソロの感想を一言でいえば「老朽化・陳腐化が否めない」といわざるを得ない。2003年(平成15年)に京都−別府間で乗車した寝台特急〔彗星〕のソロよりも古く感じてしまう。

 乗車したオハネ15-2004は、1989年(平成元年)に、オハネ25形客車の内部を1人用個室に改造しオハネ25形1000番台客車となった。さらに1999年(平成11年)にはオハネ15形2000番台客車に改造されたが、この改造では個室内部などは改造されず、いわゆる「リフォーム」は1989年(平成元年)以来施されていない。

 室内を見渡すと、小さなゴミ袋があれば……、取り外されたオーディオ(FM放送)が聴ければ……、とやはり感じてしまう。開放型のB寝台と同じ料金でプライベートな空間を占用できるのはいいが、寝台特急〔サンライズ瀬戸〕〔サンライズ出雲〕の285系電車や、寝台特急〔北斗星〕のソロに比べれば、どうしても「格下」の印象を拭いきれないのは、残念で仕方ない。

 この車輌がソロに改造された1989年(平成元年)はバブル経済の景気好況の波に乗って、「鉄道復権」とよばれた時代で、今から振り返れば最後の「行け行けどんどん」の時代だったのかもしれない。そんな時代背景も影響しているのかもしれないが、きらびやかな時代の「浮遊してしまった」車輌に感じてしまう。せめてもう少し、手を加えて「よりよい寝台列車のサービス」を提供してもらいたい。だが、現実には地方空港が整備され、夜行列車で長距離を移動する必要はなくなったという社会情勢を考えれば、このまま走らせておくしか仕方ないのかもしれない。

 他の開放型B寝台にいたっては昭和40年代に製造されたままという車輌さえある。日常的に「寝台列車を利用しようとする」需要が確実に減少しているかぎり、JR各社にとっても手を加えられず、寝台列車が「経営のお荷物」になってしまうのは残念でならない。決して需要がないわけではない。現在の需要サイド(利用客)のディマンドと供給サイド(JR各社)のサプライが、ミスマッチしているだけで、電車化によるスピードアップやシャワー供食などの付帯サービスを充実させれば、潜在的な需要は膨らんでいくのではないだろうか。ただ単に手を加えることなく、利用客が減っているのであれば、それは当然の結果としかいいようがない。

3本が1本になってしまう現実

 この寝台特急〔富士〕は、3月以降は単独列車ではなく、東京−門司間では〔はやぶさ〕と併結運転される。3月のダイヤ改正で、東京と九州を結ぶ寝台特急には大ナタが降られ、元祖・ブルートレインの寝台特急〔あさかぜ〕、〔さくら〕が廃止される。

ダイヤ改正前 ダイヤ改正後
〔富士〕 東京−大分
〔はやぶさ〕
〔さくら〕
東京−熊本
東京−長崎
〔あさかぜ〕 東京−下関
(〔はやぶさ〕と併結へ)
(〔富士〕と併結へ)
(廃止)
(廃止)
〔はやぶさ〕
〔富士〕
東京−熊本
東京−大分
〔はやぶさ〕と〔さくら〕は東京−鳥栖間で併結 〔はやぶさ〕と〔富士〕は東京−門司間で併結

 1987年(昭和62年)の国鉄の分割・民営化当時、東京から東海道本線を走る寝台特急の運転本数と、2005年(平成17年)のダイヤ改正前後で比較してみると……

東京始発の下り寝台特急・夜行列車 東京駅発車時刻
1987年(昭和62年)4月 2005年(平成17年)2月 2005年(平成17年)3月
  列車名 行先
16:40 さくら 長崎 佐世保
17:05 はやぶさ 西鹿児島
18:05 みずほ 熊本 長崎
18:20 富士 宮崎
18:50 出雲1号 浜田
19:05 あさかぜ1号 博多
19:20 あさかぜ3号 下関
21:05 瀬戸 宇野
21:20 出雲3号 出雲市
22:45 銀河 大阪
23:25 大垣
  列車名 行先
16:56 富士 大分
18:03 はやぶさ さくら 熊本 長崎
19:00 あさかぜ 下関
21:10 出雲 出雲市
22:00 S瀬戸 S出雲 高松 出雲市
23:00 銀河 大阪
23:43 Mながら 大垣
  列車名 行先
18:03 はやぶさ 富士 熊本 大分
21:10 出雲 出雲市
22:00 S瀬戸 S出雲 高松 出雲市
23:00 銀河 大阪
23:43 Mながら 大垣
  • S:サンライズ、M:ムーンライト
  • 〔銀河〕は寝台急行
  • 〔ムーンライトながら〕は快速

 1987年(昭和62年)4月当時には16時台から19時台に7本もの寝台特急(ブルートレイン)が東京を発っていったが、それが今や同じ時間帯にはわずか1本しかない。前述から繰り返しているが、これはもう「凋落」と表現せざるを得ない。

 もっと並行する新幹線との連繋を密にしてもいいと感じる。例えば、寝台特急〔はやぶさ〕を例に挙げれば、東京発は18時03分だが、これより遅い博多行の最終〔のぞみ33号〕は東京発18時50分。この〔のぞみ33号〕(博多23:57着)に乗れば、L特急〔有明41号〕(博多0:06発)に乗り継ぐことで、熊本には1時30分には到着する。熊本着の1時30分が現実的な時間帯ではないが、寝台特急〔はやぶさ〕の熊本着は11時48分、博多でも10時10分。この48分後には東京6時発の初発の〔のぞみ1号〕が博多に着く。これではどちらに軍配が上がるかは火を見るより明らかだ。

東京 京都 広島 博多
のぞみ33号 18:50 21:12 22:52 23:57
こだま721号 6:00 7:38
はやぶさ 18:03 0:37 5:23 10:10
のぞみ163号 21:18 23:34
のぞみ1号 6:00 8:17 9:52 10:58

 新幹線との連繋を考える時、東京−熊本間では、3回も乗り換え(新幹線→はやぶさ、はやぶさ→新幹線、新幹線→有明)が必要になるので、とても現実的ではない。なので、東京−博多間で考えてみると、右のようにリンクしてくれる。しかし、乗り換えは2回、料金も割高になる。これでも若干現実的ではないが、東京の滞在時間が2時間も増えることは大きいに違いない。

 寝台特急〔はやぶさ〕は、広島県や山口県の新幹線が通過する中小都市にこまめに停車することからも、東京と九州を結ぶ寝台特急という意義はもうないのかもしれない。これに航空機との競争を考えれば、もっと寝台特急の立場は苦しくなる。

 たぶんに、2月の廃止前は「さよならフィーバー」で最後の人気を博すことだろう(結果、最終列車はニュースで生中継までされた)。

 そんなニュースになるようなことがない限り、「寝台特急で」という選択肢は人々の中から既に消えているのだろうか……。3本も運転されていた寝台特急が1本に統廃合されてしまう現実は、その裏づけ以外の何ものでもないようだ。

山陽路を東へ……

 さて、話を寝台特急〔富士〕に戻そう。個室によってはもう心地よく眠っている部屋もあるようだ。こうなると、ドアの開け閉めに細心の注意が要る。上段の個室の扉は引戸、下段の個室は開戸で、どちらもガラガラ、バタンと音が出てしまう。それも個室内まで響くので、慎重に開け閉めして音を出さないようにするのが賢明だ。客室廊下とデッキ、洗面所・トイレを区切る自動ドアも、どうしてもモーター音かコンプレッサー音なのかプシューと音がしてしまう。トイレに用を足す以外、個室からは出ないことにした。

 尾道に停車した後、午前0時を迎え、日付は2月2日となった。この時間ともなれば、車内はレールのジョイント音ぐらいしか聞こえない。これに心地よい揺れも加わり、ベッドに横になっているといつの間にか眠りに落ちていた。

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