| JôJô Tour 2005 |
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| 広島は大雪。路上の雪は解けていても、花壇などには雪が残っていた。上は新幹線口、下は南口。 |
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| 2005年(平成17年)2月いっぱいで廃止される寝台特急〔あさかぜ〕。どこか寂しげにもみえる。 |
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| 広電の広島駅電停に集まる路面電車。上から700形電車、3950形電車「グリーンライナー」、5000形電車「グリーンムーバー」、3000形電車。 |
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| あまりの寒さに駅ビル内に避難。雪が時折激しく降り続く。 |
雪に覆われた広島駅
〔ひかり375号〕から降り立った広島。あまりの寒さに首をすぼめたくなる。
何より気になるのが、このあと乗車する寝台特急〔富士〕が運転しているのか、だ。改札口を出る時に、簡単に問い合わせたところ、「先行する寝台特急〔あさかぜ〕が遅れながらも運転しており、〔富士〕も同様に遅れてはいるが運転している」旨の回答だった。運転されているというだけで、ホッとした。万一、大雪で運休していたら、宿の手配に走らなければならない。もう、東京行の最終新幹線〔のぞみ32号〕は広島を出ている。
改札口を出たその足で、北口にあたる新幹線口から外に出てみた。路上にはうっすらシャーベット状に雪が残っていて、花壇などには5cmほどだろうか、雪が積もっていた。とても「うっすら」という量ではない。
日本最大の路面電車網――広電
新幹線口から南口へ通路を通って移動した。南口の駅前には広島電鉄の電車とバスのターミナルがある。
広島電鉄は、266輌、8系統、35.1kmの路線を有する日本最大の路面電車専業の鉄道会社である(制度上は鉄道と軌道に区分されるが、一般的に「路面電車」といわれる車輌のみで営業されている)。日本最大の路面電車網だけあって、広島駅南口の路面電車のりばは、まさにターミナルとなっていて、20時を過ぎたこの時間でも各地へ向かう路面電車が発着していく。
それにしても、路面電車がこれほど活躍しているのは、うれしい限りだ。いくら鉄道を残そうにも沿線市民の支持がなければ、残すのは不可能だ。やはり、広電も広島に広く根づいている。これまで、高知(土電)、松山(伊予鉄)、広島(広電)と、路面電車が走る街をかけ足で巡ってみたが、経営環境は苦しいとはいえ、各地とも奮闘している。
ところで、広島は「被爆地・ヒロシマ」でもある。2005年(平成17年)は被爆60年を迎える。広電には「被爆電車」と呼ばれる650形電車が現役で活躍している。650形電車は1942年(昭和17年)に製造され、あの日、1945年(昭和20年)8月6日も市内を走っていたが、8時15分、原爆投下により被爆。大きな被害を受けたが復活を遂げ、冷房を取り付けられたりしたが、今も現役で営業に赴いている。夜の広島駅前では、路面電車の行先案内の経由地表示「原爆ドーム前」くらいしか、被爆地を思い起こさせるものは見当たらなかった。
さて、ここで広島電鉄の意外な話を思い出した。それは、テレビドラマ『西部警察PART-II』である。第18話「広島市街パニック!!」で、爆弾を持った犯人側がなんと乗客を乗せたままの広電(750形電車)をジャックし、西部署・大門軍団が広電を追跡、広電は全車輌を車庫に入庫させ、犯人が乗った広電電車をポイント操作で宇品車庫に誘導し、大門軍団は犯人を追いつめた。乗客救出直後、犯人が持っていた爆弾が大爆発。広電電車はもののみごとに爆砕されてしまった。刑事ドラマで路面電車1輌を丸ごと爆破しようという発想もすごいが、それを実行に移した石原プロモーションのパワーはもっとすごい。
今度は広島をメインにした広電と西部警察のロケ地を巡り、平和を祈る“上々”な旅を企画してみたい。しかし、いつ実現することやら……
GREEN MOVER
広電の電車ターミナル(広島駅電停)に立っていると、いろいろな電車が発着していく。1系統(広島駅−紙屋町東−広島港)、2系統(広島駅−紙屋町東−広電宮島口)、5系統(広島駅−比治山下−広島港)、6系統(広島駅−紙屋町西−江波)と4つの系統が発着している。
多彩な路面電車が発着していくが、その中でもひときわ目立つのが、5000形電車「グリーンムーバー」である。グリーンムーバーは1999年(平成11年)に、熊本市の路面電車に次いで導入された超低床車輌(LRT)で、最初に導入された車輌は、ドイツ・シーメンス社で製造(シーメンス社では「コンビーノ」)され、なんと大型貨物機で空輸されてきたという。これは、補助金の関係で、年度内に納入しなければならない事情から、海上輸送ではなく、大型貨物機での輸送となったそうだ。たぶん、大型貨物機の輸送費の方が海上輸送費よりも高いのだろうから、この点は「お役所仕事」と揶揄されても仕方あるまい。
それはさておき、このグリーンムーバーは、全長が30mと長い。何よりの特徴は、5車体に3つの台車6車軸という「文字だけ」では到底把握できないような車輌のうえ、右上の画像でもどんな車体構造になっているか、まったくわからないので、広島市で精力的に活動されている「路面電車を考える会」のWebサイトからグリーンムーバーの画像を引用させていただく。
つまり、運転席がある両端の車体と中央の車体に台車があり、それに2車体が挟まれる構造になっている。これで路面電車特有の急なカーブも曲がりやすいというわけだ。
広電では、グリーンムーバーを12編成導入して、おそらく日本の路面電車では一番超低床車輌率が高いのではないだろうか。ちなみに、このグリーンムーバー1編成の価格は3億4,000万円だそうだ。
さらに、5000形電車「グリーンムーバー」はドイツ・シーメンス車と日本のアルナ工機とのいわば「日独共同製作」の車輌だったが、2005年(平成17年)3月にはグリーンムーバーの後継である5100形電車「グリーンムーバーmax」が純国産車輌として製造され、さっそく広電で活躍している。
広電の積極的な超低床車輌の導入などの経営方針には、やはりエールを送りたい。さらに路面電車をいわば「地域文化財」として支えている広島の人々にもこれからもがんばってもらいたい。
LRT(超低床電車)はヨーロッパで普及が進み、日本でも、これまで訪れた高知、松山だけではなく、岡山や熊本でも既に導入されている。利便性・機動性ではクルマに劣ってしまい、「クルマ社会の邪魔もの」と淘汰されていった路面電車。地球環境を考える上でも、そろそろ本腰を入れて「脱クルマ社会」を目指さなければならない。その時、いかにすんなりと、路面電車が再び受け入れられるか、まだまだ路面電車・LRTの勝負は始まったばかりのような気がしてならない。
あまりの寒さに駅ビル内に避難?
多彩な路面電車が発着している広電のターミナル(電停)をみていると、いつまでもおもしろいのだが、それ以上に深々と寒さが身に浸みてくる。さすがに、駅ビル「ASSE」に避難した。ちょうど、5階に廣文館という書店が開いていたので、のぞいてみた。こういう簡単に訪れることができない地方では、郷土書籍やタウン情報誌を読んでみるのがおもしろい。タウン情報誌は旅行ガイド誌よりも“コア”な情報が載っているので、それだけでも街を歩いていてもタメになる。
そろそろ、今回の旅を締めくくる寝台特急〔富士〕の時刻が迫ってきた。遅れているとはいえ、最新の情報も得たいので、時計が10時を指す前に駅ビルから改札に向かった。向かっている途中、駅ビルの1階に「たる募金」の樽が置かれていた。たる募金とは、プロ野球・広島カープが資金難に陥った1950年、球団存続を熱望した市民による募金を集めたのが「たる募金」で、このたる募金で広島カープは資金難は回避できたという、いわば「広島の伝説」である。現在置かれている樽は、広島市民球場が老朽化したため、新球場を建設する資金をひろく市民から募ろうというもので、市内各所に樽が置かれているという。やはり、広島には市民球団「広島カープ」が必要なのだ。そして、「広島の伝説」が再び蘇るのも必要なのだ。
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