| JôJô Tour 2005 |
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| 宇和島を中心に大雪に見舞われ、予讃線も伊予市以西が全面運休になってしまい、16時18分発のL特急〔宇和海15号〕も全区間で運休となった。 |
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| 松山の隣駅、市坪は坊ちゃんスタジアムの最寄り駅となっているため、「野球」の愛称がつく。 |
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| 松山駅1番線ホームの傍らに立っていた小屋風の木造建物には「四国旅客鉄道松山事業所」の看板が。事業とは何なのだろうか……。 |
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| 伊予西条からの普通列車(7000系電車)が到着した。長いホームには申し訳程度の2輌編成がかわいらしい。写真ではよくわからないが、雪が舞っていた。 |
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| 折り返しL特急〔しおかぜ24号〕となるL特急〔しおかぜ11号〕が松山駅1番線ホームに到着した。定刻でも8分間で折り返しの作業をするという綱渡り的なダイヤ構成で、この日は雪のため遅れ気味に到着した。 |
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| 瀬戸内海に沿う予讃線を走るにふさわしい。 |
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| 風が強いからか、普段は凪いでいるだろう瀬戸内海もやや波は高かった。けれども、濃い緑色の水面はきれいだった。 |
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| 瀬戸内海の上空には雪雲らしい雲が広がっていた。 |
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| 予讃線では、JR東日本から購入した113系電車が活躍している。 |
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| 多度津駅構内にはマヤ34形軌道検測試験車が止まっていた。 |
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| 四国最後の駅、宇多津。一周して戻ってきた。 |
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| 瀬戸大橋を渡る。風が強そうだが、運転見合わせもなく順調に橋を渡っていく。 |
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| およそ1週間ぶりの「本州」は目の前だ。 |
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| 岡山に到着したL特急〔しおかぜ24号〕は、折り返しL特急〔しおかぜ23号〕となって四国に戻る。 |
| 24M L特急〔しおかぜ24号〕 |
| 0.0 |
松 山 |
15:18発 |
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| 49.5 |
今 治 |
15:55発 |
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| 67.6 |
壬生川 |
16:07発 |
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| 80.1 |
伊予西条 |
16:18発 |
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| 91.3 |
新居浜 |
16:25発 |
変更 |
| 116.8 |
伊予三島 |
16:44発 |
16:52発 |
| 122.2 |
川之江 |
16:48発 |
16:56発 |
| 137.9 |
観音寺 |
16:59発 |
17:07発 |
| 161.7 |
多度津 |
17:14発 |
17:21発 |
| 165.9 |
丸 亀 |
17:18発 |
17:25発 |
| 168.5 |
宇多津 |
17:23発 |
17:30発 |
| 186.6 |
児 島 |
17:36発 |
17:43発 |
| 214.4 |
岡 山 |
17:57着 |
18:01着 |


伊予市以西は全面運休
さて、降積雪による予讃線への影響が気になるが、宇和島を中心とした南予地方では、大雪に見舞われているようだ。そのため、予讃線は、伊予市−宇和島間がほぼ全面運休となってしまい、L特急〔宇和海〕も運休となっていた。松山駅構内のアナウンスでも繰り返し、L特急〔宇和海〕の運休と伊予市以西の運転見合わせを告げていた。
山陽新幹線も遅れが生じていることがわかり、当初、予定していたL特急〔しおかぜ28号〕(松山17:25発)から繰り上げ、L特急〔しおかぜ24号〕に変更し、みどりの窓口で乗車変更(指定席の変更)の手続きを済ませた。
乗車変更が済み、寒風を避けるため、松山駅デパートに入ってみた。高知駅にも同様の駅デパートがあったが、どことなく、国鉄時代の匂いがする。逆に言えば、十数年間分の時間が止まっているようにも感じる。街中に系列店のファミレスがなかった頃、「ファミリーレストラン」の代名詞だったデパートのレストラン。今や、専門店のテナントが並ぶのが普通にもかかわらず、正統派「ファミリーレストラン」が残っているのは、懐かしい。
お土産店で土産品を物色したり、そのファミリーレストランでお茶を飲んだりしながら、時間が経ち、松山駅デパートを後にした。
時刻は午後3時を過ぎ、ホームに向かうことにした。改札口前のベンチには寒風が吹き込み、とてもそこで待っていられる状況ではなかった。改札口できっぷを渡すと、丁寧に乗車口まで説明してもらった。やはり、ここでも改札の駅員の応対には清々しい気持ちになる。
ところで、松山駅は高架化事業の計画があるという。愛媛県で国体が開かれる2017年(平成29年)度を完成予定に松山駅を中心とした約2.4kmを高架化し、併設されている松山運転所を伊予に移転させるという。松山運転所への出入りの回送列車も頻繁に動いているので、駅付近の踏切は頻繁に閉まってしまうようだ。
それにしても、ホームで列車を待っていても風冷たく吹き付ける。これほど風が強いと、瀬戸大橋を渡れるか少し心配にもなる。やはり、乗車変更は正解だったようだ。
15時10分過ぎ、定刻よりやや遅れて、岡山からのL特急〔しおかぜ11号〕が三津浜方面から姿を見せ、松山駅1番線ホームに到着した。これが折り返しL特急〔しおかぜ24号〕となる。ホーム上で待っていた作業員が乗り込み、手早く椅子を回転させ、簡単に清掃する。それでも、発車時刻の15時18分までわずかしかない。15時15分過ぎ、車内整備終了と乗車誘導のアナウンスがあり、一斉にホームで待っていた乗客たちが乗り込んだ。自由席は「長蛇」とはいえないが、各乗車口に15〜20名程度が並んでいた。
15時18分、定刻通り、L特急〔しおかぜ24号〕は松山駅1番線ホームを発った。
俊足・最高130km/hがうなる
四国最後の特急となったL特急〔しおかぜ24号〕は、最初で最後の「JR四国所有の電車特急」となってしまった。JR四国の8000系電車は、最高速度160km/hを誇る(営業運転では最高130km/h))車輌で、JR四国にとっては唯一の特急用車輌でもある。2005年(平成17年)1月から車内などをリニューアルしているが、このL特急〔しおかぜ24号〕はリニューアル施工前の車両で運行されている。
このL特急〔しおかぜ24号〕は、高松行のL特急〔いしづち24号〕を併結していて、前側5輌がL特急〔しおかぜ24号〕(岡山行)、後ろ側3輌がL特急〔いしづち24号〕(高松行)となっている。
松山を出ると、次の今治まで30分以上停車しない。「特急」の面目躍如たる区間でもある。粟井辺りまでが松山市のベッドタウンのようだが、松山市は北条市を2005年(平成17年)1月に編入合併したため、粟井辺りまでとは断定できなくなった。
L特急〔しおかぜ24号〕は、その俊足ぶりを発揮して、グングンと進んでいく。左手には瀬戸内海が望めたが、北風が強く吹いているのか、想像していた「凪いだ瀬戸内海」よりも若干波が高いように感じた。
15時54分、最初の停車駅、今治に到着した。今治駅は高架駅となっていて、車窓からは今治の街並みを高い位置から眺めることができる。指定席の6号車は目立った動きもなく、30秒ほど停車して、一気に加速を始めた。今まで乗車してきた2000系気動車とは加速度が断然に違う。残念ながら「しまなみ街道」の高架橋を確認することはできなかったが、8000系電車の振り子機能を発揮して、カーブ区間でもさほど減速せずに進んでいく。それでもところどころではスピードを上げられない区間もあるようで、加速・減速を繰り返す。
壬生川に停車した後、伊予小松に運転停車した。予讃線は単線のため、特急といえども行き違いのために運転停車しなければならない。JR四国の駅に設置されている駅名標には市町村名が書き加えられている。平成の市町村合併で、駅名標自体を付け替えなければならない駅もあるが、ほとんどはステッカーで対応していて、内部から照明を照らす駅名標では、所在地の部分が暗くなっているところもある。確かに、市町村合併というJR四国にはほとんど関係のない事由で駅名標を作り直すには、大きな負担となってしまうのだろう。
松山からちょうど1時間、伊予西条に停車した。ここで、自由席の5号車をのぞいてみると、8割の座席が埋まっていた。やはり、「ほぼ着席できる」と考えていると、指定席より自由席の方が埋まっていくようだ。確かに、自由席が埋まっていれば、車内で車掌から指定席券の発券を受ければ着席できることが多ければ、自由席を選択するのが合理的なのだろう。
台風被害の爪跡、今も……
2004年(平成16年)は、過去最高の10個の台風が日本に上陸し、平成時代では初めて自然災害で年間100名以上の人的被害が出た(阪神・淡路大震災をのぞく)。四国には台風15号(メーギー)、16号(チャバ)、18号(ソングダー)、21号(メアリー)、23号(トカゲ)と5個のも台風が上陸した。予讃線も関川−多喜浜間で土砂崩れが発生し、長期間にわたって不通となった。特に、台風21号災害から本格復旧したわずか3日後に、台風23号で再び土砂崩れが発生するという災禍にも見舞われた。
予讃線・関川−多喜浜間の土砂災害(2004年)
| 台風 |
災害発生・不通 |
復旧・運転再開 |
不通日数 |
| 15号 |
8月18日 |
8月24日 |
6日 |
| 21号 |
9月29日 |
仮復旧:10月8日 |
9日 |
| 本格復旧:10月17日 |
18日 |
| 23号 |
10月20日 |
10月22日 |
2日 |
新居浜を出たL特急〔しおかぜ24号〕は、台風被害を受けた多喜浜−関川間の被災区間を徐行で慎重に通過していった。復旧しているとはいえ、線路脇には土嚢パックが積まれていたり、ブルーシートが被せられていたり、未だに台風被害の爪跡が色濃く残っていた。
特に2004年(平成16年)の台風被害は、愛媛の土砂災害、高松の高潮災害、高知の高波災害など、四国には深刻な被害を及ぼした。新潟・福島豪雨、福井豪雨、新潟中越大震災(新潟県中越地震)と、2004年(平成16年)は「災」の一年だった。未だ完全なる復興を遂げていない地域も多い。これらの災害で亡くなられた方々にあらためて合掌。
山陽新幹線の雪での遅れが四国にまで及ぶ
L特急〔しおかぜ24号〕は遅れもなく順調に東進を続けた。車窓をのんびりと楽しめるのは在来線の旅の楽しみのひとつでもある。新幹線は速くて快適だが、沿線の街並みや緑豊かな自然の景色を楽しめるのはやはり「在来線」となる。どこか、人のスピードにあった速度なのかもしれない。
合併で「四国中央市」となった伊予三島で、L特急〔しおかぜ17号〕と行き違う予定になっているが、そのL特急〔しおかぜ17号〕が遅れて運転されており、こちらのL特急〔しおかぜ24号〕はその到着を待つこととなった。遅れて向かい側のホームにL特急〔しおかぜ17号〕が到着し、程なくして、こちらのL特急〔しおかぜ24号〕が発車した。およそ8分の遅れとなった。
L特急〔しおかぜ17号〕は山陽新幹線の雪による遅れの影響を受けて、遅れが生じてしまったのだろうか。複線区間であれば、行き違いで待つ必要もないのだが、残念ながら単線区間がゆえに、下り列車の遅延の影響を受けてしまった。それでも、停車時間を切りつめたり、制限速度いっぱいに走るのか、どれほど遅れを回復できるのか、俊足を誇る8000系電車に期待したいところでもある。
川之江に8分遅れで停車し、ここで愛媛県と別れを告げ、香川県に入った。指定席の6号車は、ビジネスユースの乗客が多いのか、静かな車内で、雑誌に目を落としたり、わずかな睡眠時間に充てたり、自分の時間を過ごしているようだ。
さらば、四国。本州へ
香川県に入り、伊予三島から生じた遅れは回復できていないが、順調に東進を続けていた。もともと余裕時間がないのか、停車時間を切り詰めた様子でも、なかなか遅れは回復できない。
多度津には、JR四国・多度津工場がある。JR四国の電車・気動車約450輌の検査、修繕を担う、いわば「JR四国の心臓部」でもある。そのせいなのだろうか、マヤ344形軌道検測試験車が駅構内にひっそりと停車していた。JR四国には、高松、松山、徳島、高知に各運転所があり、8000系電車や2000系気動車などがそれぞれ所属しているが、大がかりな検査、修繕ではこの多度津工場でおこなわれている。
多度津から宇多津まで4駅中3駅に停車する。俊足ぶりを活かしてきたL特急〔しおかぜ24号〕もやや足止め気味となる。宇多津では、併結運転してきたL特急〔いしづち24号〕を切り離す。全8輌編成から、L特急〔しおかぜ24号〕単独の5輌編成と身軽になり、およそ1分30秒停車して、多度津を発った。年末年始、ゴールデンウィーク、お盆などの多客期は、L特急〔しおかぜ〕を8輌編成に増結して、L特急〔いしづち〕は高松−多度津間で臨時列車扱いの単独運転となる。これは、ホームの長さに関係しているのか、車輌数に関係しているのか、全国でも珍しい運転体制となる。いかに、JR四国が岡山−四国各地間の輸送力確保に努めているかうかがわせる。
瀬戸大橋線・四国側の「デルタ線」
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| a |
本州方面−松山・高知方面(L特急〔しおかぜ〕、L特急〔南風〕など) |
| b |
高松方面−松山・高知方面(L特急〔いしづち〕、L特急〔しまんと〕など) |
| c |
本州方面−高松方面(快速〔マリンライナー〕、L特急〔うずしお〕など) |
さて、L特急〔しおかぜ24号〕は、いわゆる瀬戸大橋線の大デルタ線を大橋方向に進み、いよいよ四国ともお別れとなる。
このデルタ線は瀬戸大橋を走る列車が進行方向を変えることなく、高松方面と松山・高知方面に運転できるように建設されたもので、運賃計算などでは宇多津駅の構内となる。そのため、快速〔マリンライナー〕やL特急〔うずしお〕などは、宇多津駅のホームをかすりもしないにも関わらず、宇多津駅を「通過」する。もしかすると、宇多津駅は「日本一長い構内」を持つ駅なのかもしれない。
四国初上陸の時とは逆に、南備讃瀬戸大橋から順に橋を進んでいく。もう、日暮れのような空だ。これでは岡山に着く頃は完全に夕暮れになっているだろう。
車内を見渡せば、ほとんどがビジネスユースなので、瀬戸大橋を渡っているからと、窓の外に目を向ける人は少ない。出張中のビジネスマンにとって、これが「日常」だからだろう。
17時40分、下津井瀬戸大橋を渡り、本州に戻ってきた。気持ちの問題なのだろうが、「本州」と「四国」では、やはり景色が異なる気がする。およそ1週間ぶりの本州で、いわば「海外旅行」をした時の1週間分の“時差”のようなものを感じた。確かに意識しすぎなのかもしれないが、それだけ四国一周が満喫したものだったのだろう。
17時42分、本州側初めての停車駅である児島に停車すると、運転士だけでなく車掌もJR四国からJR西日本に交替した。JR西日本にとっては児島−岡山間の「超短距離特急」を担当することとなる。運転士がJR旅客会社の境界駅で交替するのは当然のことだが、車掌まで変わるのにはやや驚いた。わずか27.8kmなのだから、JR四国の車掌に担当してもらっていてもいいはずと思ってしまうが、素人考えと現実は違うようだ。
通過駅のホームも家路に向かう帰宅客で賑わうようになった。L特急〔しおかぜ24号〕もその間を縫いながら、遅れを回復しようとまだまだ俊足ぶりをみせているようだ。もともと、山陽新幹線の雪害による遅れが、L特急〔しおかぜ17号〕の遅れを招き、乗車しているL特急〔しおかぜ24号〕にも影響し、さらに、宇野線の通勤・通学向けのローカル列車にも影響する。こればかりは致し方ないことで、早々に解決できる問題ではない。
「まもなく、終点、岡山です」。車内放送と同時に車内も降りる準備でせわしなくなった。18時01分、定刻より約4分遅れで、L特急〔しおかぜ24号〕は岡山駅13番線ホームに到着した。向い側の11番線ホームには、快速〔マリンライナー51号〕が発車を待っていたが、宇野線の帰宅客輸送も担うためか、混雑している。一方、L特急〔しおかぜ24号〕として到着した停車中の8000系電車は、折り返しL特急〔しおかぜ23号〕となるため、自由席車の乗車口には列ができていた。いつの間にか車内整備も進められていた。宇野線と瀬戸大橋線が発着する11番線・12番線・13番線のこのホーム(12番線ホームは13番線ホーム西側の切り欠け部分)は、宇野線のローカル輸送と瀬戸大橋線としての都市間特急輸送が同居しているから、なおさら雑踏が激しい。その間を抜けるように、階段を渡り、一度改札口を出て、みどりの窓口に向かった。山陽新幹線の雪害による遅れはどうなっているのか、とても気になるところだ。
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