| JôJô Tour 2005 |
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| 最新の超低床電車2100形電車から前を進むモハ50形電車。 |
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| 全国でも珍しい電車同士(鉄道線・軌道線)の踏切。路面電車は踏切の動作を従う。 |
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| ダイヤモンドクロスのレールを踏むたびに「ガタンガタン」と車輪音が街に響く。 |
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| ダイヤモンドクロスのレールの隙間を掃除する作業員に出会った。 |
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| 最新鋭の超低床電車2100形電車は、車軸部分にもカバーが付く。伊予鉄の路面電車のほとんどに「一六タルト」の広告が掲げられている。 |
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| 伊予鉄の名物ともなった「坊ちゃん列車」。SLの外観をしながらも、ディーゼルエンジンで動く。 |
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| 松山市駅前電停で発車を待つ「坊ちゃん列車」。運転士、車掌も明治時代の制服を身にまとう |
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| 松山市駅前電停は屋根付きホームで、電車を待つ間も雨風をしのげる。「いよてつ高島屋」が入っている松山市駅は文字通り目の前。 |
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| 環状線と国道196号線が交わる本町六丁目電停。交通信号機が設置されているからか、踏切警報機にはおなじみの赤色点滅灯が付いていない。のっぺらぼうのようだ。 |
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| 中央分離帯で分けられているため、自動車が進行してくる側には遮断棒が付いているが、反対側には付いていない。 |
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| 上下各2車線に加え、歩道の遮断機まで一斉に下がる姿は、壮観にも感じる。 |
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| 松山駅前で発車を待つジェイアール四国バス・松山高知急行線の落出行。 |
松山市内電車・乗車の記録(1/31)
| 本町線 |
本町三丁目→大街道 |
| 環状線 |
大街道→鉄砲町→古町→大手町駅前 |
| 松山線 |
大手町駅前→大街道 |
| 環状線 |
松山市駅前→古町→本町六丁目 |
| 本町線 |
本町六丁目→本町三丁目 |
市内電車を乗り尽くす
1月31日(月)、ホテルで見た天気予報では、松山の最高気温は10℃を割り込み、夜には雪が舞う予報を伝えていた。「四国は暖かい」という先入観を根底から覆されて、カバンに詰めていた衣服ではやや寒い。せっかくの旅行も寒さで楽しみが半減しそうだ。けれども、あえて予備知識を取り込まずにやってきた松山の魅力は、どんなところにあるのだろうか。そこが楽しみで、寒さを忘れてしまいたいくらいだ。
やや遅めの朝食を取り、ホテルの最寄り電停、本町三丁目電停から道後温泉行の電車に乗り込んだ。日中の電車だけに乗客はわずかだ。本町線は20分間隔で運行されるだけに、どうしても利便性といった点では他の運行系統よりも劣ってしまう。
ここで、松山市内の路面電車について紹介しておこう。運行している会社(事業者)は伊予鉄道。地元からは「いよてつ」と呼ばれている。伊予鉄道は、この市内路面電車の他にも松山市駅を中心に松山観光港方面の高浜線、伊予市方面の郡中線、さらに横河原線と、合わせて43.5km、さらにバス路線も営業する民鉄である。確かに輸送人員や沿線人口が桁違いに異なるので単純にはいえないが、大手民鉄に分類される相模鉄道よりも営業キロが長いことを考えれば、「地方中小民鉄」というより「地方大手民鉄」と分類した方がよさそうだ。その伊予鉄の「市内電車」は、5系統で運行されている。メインとなるのは、JR松山駅前から松山城のお堀沿いを回り、繁華街・大街道を経て、道後温泉に至る区間だ。さらに、伊予鉄松山市駅前から道後温泉への系統、これに環状線が加わり、この運行系統をすぐに理解するのは難しい。
大街道を回って、環状線を回る
まず、私用があるため、松山市街の中心地である大街道電停で市内電車を降りた。
私用に3時間ほどかかってしまい、時刻は午後2時を過ぎていた。大街道電停から大手町駅前電停に向かうことにした。大街道電停からであれば、JR松山駅前行の電車に乗ればいいが、それではつまらないと、わざと大回りで、上一万経由の環状線電車に乗り込んだ。乗り込んだ電車は、超低床電車の2100形電車だ。電停の安全地帯から段差をほとんど感じることなく乗り込める。この超低床電車は、LRT(Light Rail Transit)とも呼ばれ、新時代の「人と環境」に優しい電車である。
2つの出入り口扉の間はノンステップ構造で、車いすやベビーカーでも簡単に乗り降りができる。さらに、一目でわかりやすいピクトグラムを多用して、デザインにも新しい時代の路面電車となっている。さらに運転席の後ろには液晶モニターも搭載し、映像広告が流れているうえ、次電停の案内もLED表示器になっている。運転席をのぞき込むと、ワンハンドルマスコンが搭載されている。ワンハンドルマスコン(マスター・コントローラー)とは、ひとつのレバーで加速(力行)、減速(制動)をコントロールするもので、従来は加速と減速を別々のレバーでコントロールしていたが、軽量化と小型化の過程で、ワンハンドルマスコンが開発された。この他にも随所に新機能が搭載されていて、従来車輌と比べれば数段の技術革新の差を感じ、さらに走行音も静かだ。
環状線系統と道後温泉系統が分岐する上一万電停では、特有の運転方法で、電停の安全地帯よりも手前で停車し、運転士は指令となにか確認を取ってから、電停に停車してドアを開けた。
上一万電停から左に折れ、複線だった線路は単線になり、道路中央から専用軌道にはいると、平和通一丁目電停だ。地図を見る限り、ここから宮田町電停までは専用軌道のようだ。軒先をかすめるように進む伊予鉄の市内電車は、関東で言えば「江ノ電」のようなものと解釈すればわかりやすいだろう。細い小路にも踏切が設置され、警報機の音が連続するように車内にも聞こえてくる。
本町六丁目電停は、本町線との接続電停だが、環状線と本町線では電停のホームが離れていて、2、3分歩かなければならないようだ。古町電停は、伊予鉄古町駅と同居しており、鉄道と軌道が同一構内で接続しているのはここぐらいではないだろうか。市内電車は、古町電停を発車すると、鉄道線をまたぐように平面交差して、宮田町電停に向かっていった。てっきり、鉄道線は高架駅、その下に市内電車の軌道電停があるかと思っていたので、このような線路配置には正直驚いた。ここは明日の見学メインポイントとしよう。
宮田町電停を出ると、再び、道路上に線路は戻った。松山駅前電停からは線路も複線に戻り、多くの乗客の乗り降りがあった。ちなみに、2100形電車の警笛音は「メロディ」が流れる。
すれ違う市内電車や電停で待つ乗客たちを見ていると、市内電車はまさに「市民の足」として十分に機能しているようだ。これに伊予鉄の電車、バスなどが有機的に接続し、どうしてもクルマより劣る公共交通機関としての利便性をカバーしている。決してラクではない経営環境下にありながら奮闘を続けている伊予鉄にエールを送りたい。
さて、2100形電車は大手町駅前電停に停車した。ここで降り、電車が電車を待つ踏切の様子をつぶさに眺めることにしよう。
電車が電車を待つ踏切
「電車が電車を待つ踏切」。日本全国およそ27,000kmにも及ぶ鉄道網でも、電車が電車を待つ踏切は、ここ、大手町駅前電停だけらしい。今月発売されたばかりの『日本の“珍々”踏切』(伊藤博康監修、東邦出版刊)でも紹介されていて、この上々≠ネ旅出発前に読んで、松山来訪の際は、必ず立ち寄ろうと決めていた場所でもある。
さて、この大手町駅前電停は、高浜線との踏切を挟むように設置されていて、市内電車が併用している道路を横断すると、高浜線の大手町駅(ビルの1階が駅舎機能を有している)に入ることができる。この踏切からは大手町駅のホームもみることができるほどで、鉄道ファンの間では隠れた「名所」になっているようだ。
高浜線の電車は15分間隔(毎時02分、17分、32分、47分)で運行され、上下列車が同時に到着し、出発していくダイヤ構成になっているようだ。これも、少しでも踏切の閉鎖時間を短縮し、交通滞留を軽減させようとしたものだろうか。
その高浜線に対して市内電車はダイヤが決まっているが、道路信号や乗客動向によって、ダイヤがわずかであるが乱れることもある。そのため、「踏切で待っている路面電車」、「踏切で待っている路面電車の前を通過する高浜線電車」というフレームのカメラショットを撮るのは、そう簡単ではない。まして、坊ちゃん列車となるとなおさらだ。
結局、大手町駅での「踏切で待っている路面電車の前を通過する高浜線電車」というフレームのカメラショットは、路面電車が通過した直後に踏切が鳴り始めたり、逆に踏切が上がった途端に路面電車がやってきたりと、収めることができなかった。けれども、珍しく、ダイヤモンドクロスのポイントが目詰まりしないように掃除をしていた伊予鉄の作業員を見かけることができた。この姿を見ていると、この踏切の大きさが実感できる。
それにしても北風がヒューヒューと吹き、体感気温はゆうに10℃を割り込んでいると感じるほど寒い。結局、寒さも手伝い、大手町での「電車が電車を待つ踏切」の撮影は諦め、大手町駅前電停から再び市内電車に乗り込み、大街道に向かった。
繁華街・大街道と銀天街
先ほどの大街道電停下車は私用があったためだが、今度は大街道の繁華街を歩いてみたくなって降りてみた。大街道電停前にはラフォーレ原宿松山店と三越松山店が軒を並べ、その間にアーケード街の大街道商店街が続いている。
普段そう簡単に訪れることができないこういった街の商店街を歩くのも楽しみのひとつだ。大街道から銀天街を経て、松山市駅前までおよそ1kmにも及び、伊予鉄松山市駅にはいよてつ高島屋が入って、さらにまつちかタウン(地下街)までが中心繁華街となっているようだ。大街道から銀天街を歩いてみたが、地方都市の中心商店街の衰退が叫ばれて久しいが、松山市に関してはそんなことはないようだ。
 いよてつ高島屋に入って7階の書籍売り場で、伊予鉄関連の書籍を探してみたが、みつからず、銀天街に戻り丸三書店で、『走れ、坊ちゃん列車 日本初の軽便鉄道ものがたり』(中村英利子著、アトラス出版刊)を買い求めた。伊予鉄で運行されているSL「坊ちゃん列車」の誕生から廃止、復活に至る歴史がつぶさに紹介されている。ちなみに、いよてつ高島屋の屋上には観覧車「くるりん」があるとのこと。地上85mの観覧車からのパノラマは、松山城、坊ちゃんスタジアム、瀬戸内海まで見渡せるという。そして、夜には色鮮やかにネオンが輝き、そのネオンは四季によってネオンパターンまで変化する凝りようで、夜の松山のシンボルともなっている。
再び、足取りをいよてつ高島屋の方に向けていくと、松山市駅の玄関では、地元紙の愛媛新聞が号外を配っていた。号外は、3月の選抜高校野球大会に、愛媛から新田高、西条高の出場が決まったことを伝えていた。やはり、愛媛は「野球王国」なのだろう。
この伊予鉄松山市駅は、市民の間では略して「市駅」と呼ばれているようだ。街に溢れる看板広告でも「市駅」が使われていたり、タウン誌でも「市駅」が見られる。伊予鉄もJR松山駅との区別を強調したい時には「市駅」を使っているようだ。親しみを込めて「市駅」と略されているところに、伊予鉄が地域に深く根づいている証を感じた。ちなみに、JR松山駅は「JR駅」や「松山駅」と呼ばれているようだ。
「坊ちゃん列車」
いよてつ高島屋を後にし、駅前のロータリーの中央にある松山市駅前電停に向かった。ここから、松山駅前を経て、本町六丁目電停に向かう。
ちょうど、「坊ちゃん列車」が到着し、方向転換をし終え、発車準備をしているところだった。
この「坊ちゃん列車」は、伊予鉄創業当時から主役として活躍したドイツ・ミュンヘン州クラウス社製の蒸気機関車で、夏目漱石の小説『坊っちゃん』で、その登場人物たちが多くこの蒸気機関車を利用したことから「坊っちゃん列車」の愛称で人々に親しまれていた。坊っちゃん列車は、1888年(明治21年)10月の運行開始以来67年間にわたり、地域の経済、産業、文化の向上に貢献したが、列車の電化に伴い蒸気で走っていた坊っちゃん列車は、1954年(昭和29年)に線路上から姿を消した。当時の坊ちゃん列車は愛媛県の文化財に指定され、梅津寺パークなどに展示されている。
この坊ちゃん列車を平成の代に復元したのが、現在活躍している坊ちゃん列車で、2001年(平成13年)10月、盛大な復活セレモニーが挙げられた。しかし、クルマ社会や環境問題から、明治〜昭和時代の煙をもくもく吐きながら走る蒸気機関ではなく、ディーゼルエンジンを搭載した「擬似蒸気機関車」として復活するしかなかった。これは、致し方ない。それよりも、坊ちゃん列車復活に情熱を注いだ松山市民の熱意、伊予鉄道の尽力に敬意を示したい。
「擬似蒸気機関車」といえども、外観、内装とも、ほぼ当時の坊ちゃん列車を復元したものとなっていて、汽笛の音も忠実に再現しているというから、驚きだ。さらに、道後温泉電停、松山市駅前電停、古町電停で、方向転換するのだが、蒸気機関車は、車体下に特別に取り付けられた油圧式の転車装置でクルリと180度回るというからなおさら驚きだ。
さらに、最初に復元された1号機関車だけでなく、14号機関車も復元し、2台体制で平日も運行している。当初は運賃が1,000円も必要だったが、300円に一気に値下げし、人気も上々だという。運行系統は、古町電停−道後温泉電停間と松山市駅前電停−道後温泉電停間の2区間で、松山駅前電停、大街道電停からも乗降車でき、上一万電停、南堀端電停では降車できるが、他の電停は原則として通過する。
伊予鉄の1Dayチケットなどでは追加料金として150円を払えば乗ることができ、市内観光にもうってつけの名物列車というわけだ。街を歩いていて坊ちゃん列車が走っていくのを見ると、どことなく現代にはミスマッチのようにも感じてしまいがちだが、けれども、どことなくとてもマッチしていると、これが松山の顔と、感じ入るから不思議な魅力を持った列車である。
律儀な乗務員に感服!
「坊ちゃん列車」を見送り、環状線のJR松山駅前方面行の市内電車に乗った。いままで乗ってきたコースを逆送する形となる。松山駅前電停から発車するのは、環状線の2系統に道後温泉行、それに坊ちゃん列車を加えると、4種類にもなる。それが同一のホームから発車していくのだから、電車の行先案内器(いわゆる「方向幕」)をよく確認しないと、乗り間違えてしまいそうだ。車体も運用される系統ごとに色分けされているわけでもなく、伊予柑カラーの伊予鉄独特のカラーリングばかりで、行先案内器の系統ごとの色分けをよく確認しなければならない。特に、観光客には、この運行系統をすぐさま理解するのは難しい。「それも旅の醍醐味のひとつ」ともいえるが、けれども、例えばJR松山駅からの特急まであと何分というちょっと急ぎの時には不便に感じてしまうだろう。
地域に根づいた伊予柑カラーをいまさら変えろという気はさらさらない。ただ、もう少し、運行系統がわかりやすければいいと思うだけである。
時間は前後するが、乗車前に伊予鉄のプリペイドカード「い〜カード」を自動販売機で買ってみた。1,000円で1,100円分使える。鉄道線の駅の券売機や伊予鉄のバスでも使えるカードは重宝しそうだ。ちなみに、3,000円なら400円分、5,000円なら800円分のプレミアが付いてくる。けれども唯一の難点をあえて挙げれば、市内電車は均一運賃が150円で、1,100円分のカードでは7回(150円×7回=1,050円)乗車して、半端な50円が余ってしまう。せっかくなら1,200円分にしてもらえると、8回乗車して残金ゼロと半端が出なくていいのだが……
さて、電車は、再び古町電停に到着した。ほとんどの市内電車がそうなのだろうが、ここで乗務員が交替する。交替の様子を見ていると、運転席後ろに掲示していたネームプレートを外し、乗務カバンを抱え、出入口に立つと、脱帽して「乗務員、交替します」と乗客に一礼する。交替で乗り込んできた乗務員も、出入口で脱帽して「乗務員、交替します」と乗客に一礼、ネームプレートを付けて、運転席に着く。これほど律儀な乗務員交替を今まで見たことがない。運転席と乗客の距離が近いからこそだ、といえばそれまでだが、これほどまでに乗務員の教育が徹底されている伊予鉄の姿勢には感服の言葉しか出ない。
確かに、停車する電停ごとに運転席を離れ、わざわざ運賃箱のそばまでやってきて、「ありがとうございました」と言っているのは、伊予鉄ではごく普通の光景だ。こちらまで気持ちがよくなる。
伊予鉄は、2001年(平成13年)4月から「サービス向上宣言」を実行している。2004年(平成16年)10月にはもう第6弾を実行に移し、電車・バス利用の利用客の長期低落傾向に歯止めをかけようとがんばっている。この効果の現れか、2002年(平成14年)からは利用客の歯止めどころではなく、微増が続いているというのだから、これも驚きだ。やはり、鉄道事業者の意気込みひとつで、利用者を取り戻すことができるのかもしれない。この他にも、いよてつ高島屋で3,000円以上の買い物をすると、300円分の無料乗車券が付いてきたり、いよてつ高島屋のお買い物券1万円分には1,000円のい〜カードまで付いてくるという、他の私鉄では考えられない施策を次々に展開している。さらに、2005年(平成17年)7月からはICカードを導入して、Suica(JR東日本)やICOCA(JR西日本)、IruCa(高松琴平電鉄)のような非接触型ICカードシステムを導入するというから、もう驚きの連続である。これほどまでの伊予鉄の積極的な経営姿勢はどこから生まれてくるのだろうか。
のりかえ券で系統分断を防ぐ
本町線との乗り換え電停である本町六丁目電停に到着した。ここで、のりかえ券を受け取り、下車した。
のりかえ券は、環状線から本町線・道後温泉方面、松山線から市駅線・環状線・本町線、本町線から環状線・松山線の乗り換えに、乗り換え後の電車で追加的に運賃を負担しなくてもいいシステムで、市内電車の運行系統で不便にならないようにしたものだ。これが電子的になったものが関東圏のパスネットと考えればいいだろうか(パスネットの場合は、乗り換え時間30分という制約が付く)。
「一電車一運賃制」ではなく、「市内電車一運賃制」ともいえる運賃制度は、日本の電車・バスの運賃制度に一石を投じてくれないだろうか。同一会社のバス路線でターミナルでの乗り換えでは、乗り換え後のバスには運賃計算がゼロから、つまり初乗り運賃から適用されるが、これを乗車距離に応じて、乗り換え回数に関係なく、運賃を定められれば、長期的な乗客減少傾向が続くバス路線でも乗客数の増加、回復に寄与できるだろう。何もこれは絵空事ではなく、SuicaやPiTaPaなどのICカードが普及すれば十分に対応可能なのだが、鉄道会社やバス会社にとっては、ICカードの諸機器を導入するコストと同時に、運賃収入の減少を招いてしまうおそれもあり、なかなか導入は難しいのかもしれない。
こんなことを考えながら、本町線の本町六丁目電停に向かった。片側2車線の国道196号線の中央に、本町線の本町六丁目電停の安全地帯はある。ひっきりなしにクルマが行き交い、環状線の電車が通過するたびに、踏切が鳴り、遮断機が下り、クルマが停まる。これが繰り返される。ちなみに、この国道196号線と環状線との踏切は、警報機に赤色点滅灯が付いておらず道路信号機がその役割を担っている。さらに、中央分離帯で区切られているため、車の進行方向とは逆側の遮断棒は取り付けられていない。軌道線だからという理由で警報機と遮断機が取り付けられているのかもしれないが、東京都電などでは道路信号がその機能を担っていることが多く、この踏切はより安全性を高めた踏切ということができるだろう。
だいぶ、陽も傾き、寒さがさらに身にこたえるようになってきた。本町線の市内電車で、ホテル最寄りの本町三丁目電停まで乗車した。これで、一応は、市内電車は、上一万電停−道後温泉電停間をのぞいて、乗りつぶしたことになった。しかし、伊予鉄の魅力は一日では十分に堪能することはできないだろう。特に、路面電車好きな鉄道ファンには堪らなく、1日や2日では到底味わうことができない「深い味わい」があるのだろう。
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