トップplus+上々≠ネ旅III 2005〔剣山9号〕・〔南風21号〕
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2005年 夢四国(コーストラリア)一周+ブルートレイン “上々”な旅

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 特急〔剣山9号〕は阿波池田到着後、折り返し特急〔剣山12号〕となって一日の長い運用が終わる。
 1番線の発車案内器は本来ならば「L特急〔南風21号〕」を表示しなければならないのに、一足早く「L特急〔南風26号〕〔しまんと6号〕」が表示されていた。
 阿波池田駅に到着したL特急〔南風21号〕
1019D 特急〔剣山9号〕
0.0 徳 島 17:54発
3.3 蔵 本 17:58発
18.9 鴨 島 18:09発
22.7 阿波川島 18:14発
31.2 阿波山川 18:23発
38.6 穴 吹 18:31発
49.5 貞 光 18:41発
62.3 阿波加茂 18:53発
74.0 阿波池田 19:04着
 
51D L特急〔南風21号〕
0.0 阿波池田 19:12発
21.6 大歩危 19:30発
43.3 大 杉 19:47発
67.4 土佐山田 20:12発
72.3 後 免 20:16発
82.7 高 知 20:23着

ミニ特急〔剣山つるぎさん

 朝から大鳴門橋や観潮船、大塚国際美術館と歩き回ったので、特急〔剣山9号〕の時刻まで、徳島市内で休息をとった。

 再度、徳島駅に戻り、特急〔剣山9号〕の到着を待った。改札で、乗車券と特急券を差し出すと、ホームと乗車口を説明してもらった。これはありがたいことで、自動改札化された新幹線や首都圏の在来線などでは当然あり得ないことで、こんなきめ細やかなサービスもうれしく感じる。

 徳島−阿波池田間がメインの運行区間である特急〔剣山〕は、この9号だけが海部始発の列車で牟岐線から直通運転される(甲浦始発の〔剣山3号〕もある)。よく、時刻表を眺めれば、徳島14時54分発の特急〔むろと1号〕が海部で折り返してくる列車である。特急〔剣山1号・3号・4号・6号〕、特急〔むろと2号・3号〕とともにグループで車輌が運用されているようだ。

 この特急〔剣山9号〕は、海部−阿波池田間153.3kmを走るが、150kmを超えて同一県内のみで運転される特急は非常に珍しいだろう。

 定刻の発車時刻が間近に迫っても特急〔剣山9号〕の入線・到着案内はまだ流れない。やや遅れ気味のようだ。まもなく発車時刻になろうとした頃、牟岐線方向から特急〔剣山9号〕が入ってきた。なんと、2輌編成のミニ特急だ。いずれも自由席で、グリーン席や指定席の設定はない。2番線ホームで並び待つ特急〔剣山9号〕の乗客の数を簡単に数えても全員が座れる程度しか並んでおらず、2輌編成でも十分に輸送力は確保されている。

 ほとんどの乗客が徳島で入れ替わり、遅れを取り戻すべく、わずかの停車時間で発車した。佐古からは徳島線に入り、徳島発車からわずか4分で、次の停車駅、蔵本に停車した。徳島線は、愛称を「よしの川ブルーライン」というが、陽が落ち車窓は人家の灯りがポツリポツリで、吉野川さえ望むことはできない。

 特急〔剣山9号〕に運用されているキハ185系気動車は、国鉄末期の1986年(昭和61年)に四国内の特急用に導入された車輌で、いわば、「国鉄からの贈り物」的車輌でもある。今では2000系気動車におされ、一部はJR九州に売却されたり、普通列車用に改造された車輌さえあり、ある意味、JR四国を象徴する車輌でもある。

 2輌編成の車内は、ほどよく埋まっており、徳島を5分後に発車する普通列車の阿波池田行よりも早く到着したい利用客が中心のようだ。線形がよくなく、スピードは上がりにくいようだが、ディーゼル音が唸りをあげ、けたたましくもある。途中駅からの乗客はほとんどなく、降車ばかりが目立つ。鴨島、穴吹が徳島線内の大きな駅で、これ以外の停車駅では、車掌がきっぷを回収しているから、たぶんに無人駅なのだろう。通過する駅も灯りが煌々としているのではなく、「ほわっ」とした灯りが後ろに過ぎていく。

 この特急〔剣山9号〕は、およそ10分間隔で停車するので、確かに2輌編成の「ミニ特急」であるが、「特急」というよりは「快速」や「急行」といった感じの方が正しい気がする。速さを求め停車駅を絞っても逆に通過駅となる利用客を失い、だからといって停車駅を増やせば速さが損なわれる。難しいところだろう。ただ、土曜日ということもあったが、ビジネス客はほとんどおらず、通過駅を増やして速さを求めるより、ある程度の停車駅数を確保している方が賢明に感じる。

阿波池田で〔南風〕へ乗り換え

 車窓はほとんど闇が続き、ディーゼル音とジョイント音をBGMに文庫本に目を通す。こんな時間の過ごし方ができるのは鉄道ならではで、マイカーやバスではなかなかできない。穴吹、阿波加茂に停車すると、特急〔剣山9号〕は佃から土讃線に入り、定刻通り、19時04分、阿波池田駅に到着した。2輌編成から降りた乗客は、およそ10名程度と、厳しい現実を突きつけられたような気がした。

 2000系気動車よりも古いキハ185系気動車が既に普通列車用にも改造されていることを考えれば、あえて特急ではなく、快速化してもいいのではないかと考えられる。しかし、特急料金が徴収できなくなるなど、JR四国にとっては快速化はそう簡単にはいかないようだ。2000系気動車に置換するのも容易ではなさそうだ。

 それはさておき、乗客を降ろした特急〔剣山9号〕は、そのまま折り返し作業に入り、阿波池田19時36分発の特急〔剣山12号〕に変わる。既にドア脇の行先案内器は「剣山 徳島」に変わり、作業は滞りなく進んでいるようだ。余談中の余談だが、この阿波池田駅の所在地は「徳島県三好郡池田町字サラダ1840」。どうしてサラダなのかはよくわからないが、ヤサンやウエマツなど、カタカナの地名が比較的多い。脱線ついでにといっては失礼だが、池田町は、高校野球ファンの間ではつとに有名で、「攻めダルマ」と呼ばれた蔦文也監督(故人)が「やまびこ打線」として甲子園の優勝を3回導いた池田高校がある。ただ、夜だけに阿波池田駅からやまびこ打線の命名源となった山々を望むことはできなかった。

 そんな折り返し作業を横目に、阿波池田からは高知行の特急に乗り換える。降りたホームの向かい側に今度の列車は入るとのことだが、ホーム上の案内板には、その後の「L特急〔南風26号〕岡山行・L特急〔しまんと6号〕高松行」が表示、案内されていた。

 特急〔剣山9号〕が阿波池田に到着しておよそ7分、辿ってきた佃方向からL特急〔南風21号〕が入ってきた。岡山からのL特急〔南風21号〕は定刻通り、阿波池田に到着した。特急〔剣山9号〕からの乗り換え客を中心に乗り込み、30秒ほどの停車時間で発車した。2号車の指定された座席に腰をかけたが、周りを見渡せば、70%の乗車率で、「看板特急」の面目躍如といったところだろうか。L特急〔南風21号〕は3輌編成で、1号車が半室のグリーン指定席と普通指定席、2号車の1番〜7番が普通指定席で残りは普通自由席、3号車は全室普通自由席という構成になっている。車輌は、JR四国の看板気動車2000系気動車で、特急〔剣山9号〕に運用されていたキハ185系気動車よりも性能に優れ、速達性が確保されている。この2000系気動車は、日本初の制御自然振り子式車輌で、振り子式車輌特有の不快な揺れを吸収する機能も併せ持つ。正直「地味」な印象を受けてしまうが、先端技術を凝縮した車輌でもある。

大歩危・小歩危も宵闇に隠れる

 L特急〔南風21号〕は、南下を続け、大歩危・小歩危の難所のカーブも一気に進んでいく。制御自然振り子式車輌の2000系気動車の性能を十分に発揮する区間でもあるが、不快な揺れをほとんど感じず、快適に乗っていることができる。

 大歩危・小歩危の絶景も暗闇に消え、車窓を楽しむことはできない。山間の谷を縫うようにL特急〔南風21号〕は進んでいき、徳島県から高知県に入った。L特急〔南風21号〕では、車内販売もあり、特急〔剣山9号〕とはやや格の違いをみせられた。L特急〔南風〕は、高松発着のL特急〔しまんと〕を併結して運転される列車が多いが、最多でも7輌編成で運転される。たしかにこのL特急〔南風21号〕のように3輌編成と短い編成で運転されることもあるが、運転本数はおおよそ1時間に1本程度は確保され、フリークエンシーでも「特急」の看板にふさわしい。

 高知県内に入り、大杉、土佐山田と主要駅に停車したL特急〔南風21号〕は、順調に高知を目指して進んでいく。車内も静かで、手持ちの雑誌や新聞に目を通したり、携帯電話でメールを送ったりしている乗客がほとんどである。

 阿波池田から1時間10分あまり、20時23分、L特急〔南風21号〕は高知駅1番線ホームに到着した。おおよそ100名程度だろうか、どっと乗客が改札口に集まった。ここでも改札口には女性社員が立っていた。改札を出ると、駅前には路面電車がいたが、それはあすのお楽しみとして、高知駅近くのホテルに入った。

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