トップplus+上々≠ネ旅III 2005高松琴平電気鉄道
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JôJô Tour 2005

2005年 夢四国(コーストラリア)一周+ブルートレイン “上々”な旅

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 交叉点に挟まれた踏切。変則十字路の間に琴電の踏切があり、さらに信号機まで加わる。琴電の電車は四方から自動車に睨まれてしまった? 『日本の“珍々”踏切』にも紹介されている。
 三条の「条」が旧字体の「條」のままになっている駅名標もあるが、正式には「三条」駅。
 三条駅は高松市三条町にあり、三条駅の他に「三条」や「南三条」バス停まであり、「三条」尽くめ。
 琴電琴平行の下り電車。
 琴電琴平駅の駅名標は、手書きの暖かみを感じる。
 こちらはJR四国の琴平駅。鉄道展示館が併設されているが、開館しているのか、外観からではよくわからない。
11 普通
(琴電琴平行)
0.0 片原町かたはらまち 8:32発
0.8 瓦 町かわらまち 8:34発
2.0 栗林公園りつりんこうえん 8:37発
3.0 三 条さんじょう 8:39着
15 普通
(琴電琴平行)
0.0 三 条さんじょう 9:39発
2.3 太 田おおた 9:43発
4.1 仏生山ぶっしょうざん 9:47発
6.1 一 宮いちのみや 9:50発
7.3 円 座えんざ 9:53発
9.9 岡 本おかもと 9:58発
11.1 挿頭丘かざしがおか 10:00発
11.9 畑 田はただ 10:01発
14.4 すえ 10:05発
16.8 滝 宮たきのみや 10:09発
18.9 羽 床はゆか 10:13発
20.7 栗 熊くりくま 10:15発
23.3 岡 田おかだ 10:20発
25.2 羽 間はざま 10:24発
27.7 榎 井えない 10:27発
29.0 琴電琴平ことでんことひら 10:30着

“珍々”踏切へ

 さて、新しい高松駅からまっすぐ進むと、高松琴平電気鉄道(琴電ことでん)の高松築港駅に辿り着く。ここからの電車に乗ろうと思ったが、せっかくだから、高松市街地を歩くことにした。目的地は高松築港駅の隣、片原町駅にし、線路沿いの道路を歩くことにした。

 高松駅と高松築港駅の周辺は、どちらかといえばビジネス街で、繁華街ではない。やはり、午前8時を回っただけに、会社へ足早に向かう人たちが行き交う。東京や大阪に本社がある会社の四国支社や四国電力の本社が並ぶ。高松築港駅を左に過ぎ、左手には城趾らしき生垣も見えてきた。ここが高松城跡だ。玉藻公園として整備され、憩いの場となっているのだろう。しかし、会社に向かう人々は高松城趾の玉藻公園には目もくれる様子はない。国道30号線を寿町1丁目交叉点で左に折れ、歩みを進めた。

 しばらく進むと、琴電の線路が右にカープしていく。そこに踏切があった。踏切の直近が丁字路や十字路になっているのはよくみかけるが、ここの踏切はどうも、丁字路が組み合わさって変則十字路が踏切を挟むようになっている。

 左図のように、変則十字路にさらに信号機(歩行者用押しボタン式)が2ヶ所もあり、複雑の上に複雑とした踏切と交叉点になっている。さらに、踏切に連動した信号機ではないようで、踏切に対しては連携を持っていない動きを見せた。

 しばらくその踏切を見渡せる歩道で車の動きを眺めていた。よく事故が起こらないものだと逆に感心してしまうほど、複雑に車が動く。踏切が鳴り遮断機が下りると、4方向からの車が踏切でまるで「対峙」するかのように並んでしまう。踏切待ちの車の右側を、踏切を通らない車が追い越していったり、踏切が鳴っていても車の動きは止まらない。さらに、普通車に加え、スクーターや大型トラックも行き交うのだから、すごい。

 この踏切は、フミキリスト11編・伊藤博康監修『日本の“珍々”踏切』(東邦出版、2005年)も紹介されているほど、珍しい踏切のようだ。この踏切を後にして、片原町駅に向かった。

 片原町駅に着いたのは、8時28分か29分頃。発車案内を見ると、8時32分の琴電琴平行がある。片原町駅の様子を眺める余裕もなく、自動券売機で切符を買い、有人改札を通って、構内踏切を渡って下りホームに進んだ。8時32分発の琴電琴平行は4輌編成ながらも通勤ラッシュとは逆方向に行くので、車内は空いていた。次の目的地は「三条」駅だから、片原町からは3つ目である。

 瓦町で長尾線と志度線が分岐するが、志度線とは直接線路はつながっていない。以前はつながっていたが、瓦町駅の再開発事業で線路を分断したそうだ。瓦町はホーム上に駅ビルが建っており、天満屋デパートがテナント展開している。瓦町で乗客に動きが見られたが、ほとんどは降りるばかりで乗り込む乗客はいなかった。

 栗林公園を過ぎ、三条駅に着いた。

三条にて

 わざわざ高松に来て、「三条」駅を目的地にしたか。その答えは、この[plus+]をご覧の方々には容易に想像ができるでしょう。

 三条駅には自動券売機が2つあるが、出てくるきっぷは書体などが微妙に異なっている。

 「次は三条、三条です」。車内放送に促されるまま、下り電車から降りた。確かに「三条」駅である。ホーム上に立てられた駅名標は「三条」、ホーム屋根に取り付けられた駅名標は「三条」と「三條」が混在している。

 この三条駅は高松市上之町にあり、上之町の南が三条町でこの地名に由来しているとみるのが妥当のようだ。1956年(昭和31年)3月に開設されたが、開設以来大きな改良や改築が施された様子はない。中小私鉄の典型的な「ローカル駅」といえる。駅前には自転車が整然と並べられ、ベッドタウン化している様子もうかがえる。

 駅前からちょっと散策してみることにした。県道280号高松香川線を南に進み、三条町に入った。三条町交叉点や三条医院、PRINCE三条、NTT西日本三条ビル……。「三条尽くめ」に圧倒されてしまいそうだ。コンビニも三条町店である。本家ともいうべき、三条市にこれほど三条と名が付いたものが林立していることはない。

 コトデン西部バスが県道を走っているが、そのバス停も「三条」、「南三条」で、南三条バス停は文字通り三条町の南側に位置し、太田下町との境には国道11号線と高松自動車道が走っている。このような交通の便の良さが、ベッドタウン化が進む大きな要因となっているのだろう。

三条市の「三条」駅

 新潟県三条市の「三条」駅(JR信越本線)が、琴電の高松駅より歴史は古く、1898年(明治31年)6月16日に開業した。先に開業した東三条駅(旧称は一ノ木戸駅)に弥彦線が乗り入れると、三条市の中心駅は東三条に移り、特急は正式には停車したことはない。ちなみに三条駅の所在地は三条市南新保15-11。

 また、「三条」駅は、新潟県三条市のJR三条駅、高松市三条町の琴電三条駅のほかに、京都市東山区三条大橋東詰には京阪電鉄三条駅がある。

 さて、三条駅に戻り、ここまで来たのだから、琴電で琴平に向かうことにした。ちょうど、9時39分発の琴電琴平行がやってくる。自動券売機できっぷを買い、再び2番線の下りホームに立った。

 4輌編成の琴電琴平行の電車が到着した。やってきたのは1080形電車。もともとは京浜急行電鉄で活躍していた1000形電車という車輌で、「第二の人生」を琴電で過ごしている。地方の中小私鉄では、冷房化を進めていることもあり、軌間や電気方式が同一である大規模私鉄から「中古車」を譲り受け、外観の塗装を塗り替えたりして、自社の車輌として運行している。琴電には、京急の他にも、京王電鉄、東急などで活躍していた電車が導入されている。

 4輌編成の前から2輌目に乗車した。車内は、京急の面影を残しているのを探すのが大変なくらい、「琴電化」されている。琴電では2月2日からFeliCaフェリカシステム「IruCaイルカ」をスタートさせる。これには琴電を取り巻く深い事情があるようだ。

 その事情とは、琴電(高松琴平電気鉄道)が2001年(平成13年)12月に民事再生法の適用を受け、事実上倒産したというものだ。鉄道事業者が廃止・廃業ではなく、「倒産」したのは過去に例がない。そごうグループが民事再生法の適用を受け、コトデンそごうの経営破綻を受けた形だが、公共交通機関である鉄道事業者が「倒産」したのだから、異例といえば異例だ。琴電は「ことでん100イチマルマル計画」を策定して経営再建に全力で取り組んでいる。その再生の切り札となるのが「IruCa」だ。

 話を車内に戻そう。仏生山で後ろ2輌を切り離した。これで琴平まで2輌で進むことになる。それでも乗客は20名程度は乗車している。平日の午前中としてはまずまずのがんばりといえるのだろうか。後部の運転席に車掌が乗り込んでいるが、車掌の名前をマグネットステッカーで掲示しているのは、責任感を感じ頼もしくも感じる。

 電車はため池や田んぼが広がったところを駆けぬけていく。琴電琴平線が中小都市私鉄からのんびりとした光景が広がるローカル私鉄に衣替えしていく様を見ていくようだ。

 岡本で上り電車とすれ違う。高松市内の栗林公園までは複線だったが、栗林公園−琴電琴平間は単線となる。岡本を出てしばらく進むと、電車は速度を落とし徐行区間に入った。のり面にはブルーシートが覆われ、どうも小規模な土砂崩れがあったようだ。昨年(2004年)の台風で被災したのだろうか。ブルーシートで覆われた幅は15m程度だったが、それだけ見ていても痛ましい。徐行区間が解除されると、再びスピードを上げた。

 10時30分、琴電琴平駅に到着した。途中での乗り降りもほとんどなく、20名程度が改札口に向かっていった。駅前の案内地図によれば、近くにJR琴平駅もある。先にそちらに行ってみることにした。琴電とJRの琴平駅周辺は、門前観光地の風情が漂う。JR琴平駅もなんともいえない「味」な駅舎の佇まいだ。駅舎南側には鉄道展示館が併設されている。しかし、開館している様子は外からは窺いしることはできず、結局入館を諦めてしまった。

 せっかく、琴平まで来たのだから、金刀比羅宮ことひらぐうに行ってみよう。

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