| JôJô Tour 2005 |
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九州、北海道と初上陸を果たした「“上々”な旅」はいつの間にかシリーズ化してしまい、“上々”な旅I(2003年)、“上々”な旅II(2004年)に続く第3弾は、「四国初上陸」の旅となった。“上々”な旅Iでは東京−別府間を様々な看板列車を乗り継いだが、ついに九州一周を果たせず、九州新幹線開業前の九州鉄道網を味わうことができなかった。そこで、第3弾となった今回の「“上々”な旅」は、四国一周を果たそうというものだ。自分の生活を考えればそう簡単に四国に渡ることはない。せっかく四国に渡るチャンスがあるなら、これを活かす以外にない。それならば、悔いなく、第3弾でも“上々”な旅をしたい。ならば、7泊8日の四国一周を味わおう。それに、九州特急の雄〔富士〕でブルートレインの旅を加え、私¥纃ナ大の「“上々”な旅」に出ることにした。
「“上々”な旅III」は、〔サンライズ瀬戸〕からスタートした――。

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| 帰宅ラッシュが一段落し、静けさをやや取り戻した東京駅は、夜行列車の始発駅の顔を併せ持つ。〔サンライズ瀬戸〕と〔サンライズ出雲〕が交互に表示案内される。 |
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| 21時50分、〔サンライズ瀬戸〕〔サンライズ出雲〕が東京駅9番線に入線する。向かいの10番線には、発車直前の通勤快速小田原行(3873M)が〔サンライズ瀬戸〕〔サンライズ出雲〕の入線を待って発車する。通勤快速はE231系電車で運転され、2階建グリーン車が連結されている。2階建車輌が揃う一コマだ。 |
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| 列車の行き先を示す「方向幕」もサンライズ専用のデザイン。 |
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| 2階の「サンライズシングル」。ホテルに負けない快適性を誇る。何気ない照明さえも暖かみを感じ、優雅な時空間を醸し出してくれる。 |
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| 日の出をイメージした〔サンライズ瀬戸〕から満月を望む。外は冬の凛とした空気だが、車内は心地よい。 |
| 5031M 寝台特急〔サンライズ瀬戸〕 |
| 0.0 |
東 京 |
22:00発 |
変更 |
| 28.8 |
横 浜 |
22:24発 |
22:59発 |
| 104.6 |
熱 海 |
23:21発 |
23:51着 |
| 23:23発 |
23:53発 |
| 126.2 |
沼 津 |
23:40発 |
0:07発 |
| 146.2 |
富 士 |
23:54発 |
0:20発 |
| 180.2 |
静 岡 |
0:20発 |
0:44発 |
| 257.1 |
浜 松 |
1:11着 |
1:35着 |
| 1:13発 |
1:35発 |
| 644.3 |
姫 路 |
5:28着 |
5:40着 |
| 732.9 |
岡 山 |
6:27着 |
6:42着 |
| 6:31発 |
6:46発 |
| 760.7 |
児 島 |
6:53発 |
7:09発 |
| 783.4 |
坂 出 |
7:08着 |
7:26着 |
| 804.7 |
高 松 |
7:26着 |
7:43着 |
始発駅「東京駅」
2005年(平成17年)1月26日水曜日。東京は雪交じりの雨が上がり、午後には日差しが差し込むような天候だった。しかし北風は冷たく、とても7泊8日の旅立ちにふさわしい天候ではなかった。それでも、陽が落ちても気温はさほど下がらず、悴むほどの寒さではない。
21時30分、東京駅。帰宅ラッシュも一段落したものの、それでもコンコースは多くの人が行き交っている。東京駅は、何時になっても人々の動きが絶えないようだ。中央線、山手線、京浜東北線のホームでは、ひっきりなしに電車が発着している。東海道線も帰宅ラッシュが続いているが、23時台の終電間際のラッシュほどではない。新幹線は各地への最終列車が既に発車しており、新幹線通勤族御用達の〔こだま〕や〔なすの〕が発車していく。
そんな中でも、東海道線の9番線・10番線ホームは喧噪からやや離れて、静かである。10番線ホームには通勤快速の小田原行が発車を待っていて、乗客もパラパラと乗り込んでいく。9番線ホームには、旅支度をしバッグを持つ人々が集まり始めていた。
寝台特急〔さくら〕〔はやぶさ〕、寝台特急〔出雲〕が既に発車し、この〔サンライズ瀬戸〕〔サンライズ出雲〕の後は、急行〔銀河〕と快速〔ムーンライトながら〕が待ちかまえている。しかし、残念ながら夜行列車の始発駅らしい「風格」はどことなく感じられない。寝台特急〔カシオペア〕、〔北斗星〕の始発駅上野駅のように、ヨーロッパの始発駅のような頭端式ホームならば「風格」もありそうだが、通勤電車が発着していく東京駅ではそう簡単に感じることはできなかった。ただでさえ、高架へ地下へと膨張を続ける東京駅では、そんなスペースは難しいのだろうか。
それでも、9番線ホームの発車案内板には「寝台特急 サンライズ瀬戸 22:00 高松」と「寝台特急 サンライズ出雲 22:00 出雲市」が交互に表示され、どことなく気分が高まってくる。この気分の高まりは、ビジネス旅行では決して味わえない気分の高まりであることには間違いないようだ。
色褪せはしていない「サンライズ」
時計の針が午後9時50分を指す直前、新橋方向から寝台特急〔サンライズ瀬戸〕〔サンライズ出雲〕となる285系電車14輌編成が9番線ホームに入線してきた。所定位置に停車するとすぐにドアが開き、それと時を同じくして隣の10番線ホームの通勤快速が発車していった。ドアが開くと、寒空の中、やや身を縮めて待っていた人たちが早速乗り込んでいく。
寝台特急〔サンライズ瀬戸〕〔サンライズ出雲〕は、1号車から7号車までが寝台特急〔サンライズ瀬戸〕高松行、8号車から14号車までが寝台特急〔サンライズ出雲〕出雲市行で、編成内容は全くの同一である。
この〔サンライズ瀬戸〕に乗るのは2回目である。最初は2年前の「“上々”な旅I」で岡山から東京まで乗車し、全区間乗車は上り下りとも初めてである。しかも今回は、2階個室である。既に「“上々”な旅I」の寝台特急〔彗星〕、「“上々”な旅II」の寝台特急〔北斗星〕で、2階個室は味わっているが、〔サンライズ瀬戸〕では初めてである。
ホームの案内放送では「車内販売がございませんので、あらかじめ売店などでお買い求めください」と放送している。残念ながら寝台特急〔サンライズ瀬戸〕〔サンライズ出雲〕には食堂車やビュッフェなどの供食設備はない。この時間に発車するのだから無理もない。あらかじめ、飲み物やお菓子程度は買っておきたい。
発車時刻がまもなく迫る。独特の緊張感と高揚感に包まれる。30秒も前から発車ベルのメロディーが鳴り始めた。22時00分。静かに寝台特急〔サンライズ瀬戸〕〔サンライズ出雲〕は東京駅を発った。左手に見える東海道新幹線は、名古屋行の最終となる〔ひかり293号〕が同時に発車していく。700系電車16輌編成の〔ひかり293号〕は、60%〜70%程度席が埋まっているようだ。あれよあれよと追い越されていく。
新橋を過ぎ、早速、車内放送が始まった。いわば2列車分の車内放送だけに長い。それでも、寝台特急〔サンライズ瀬戸〕〔サンライズ出雲〕は快調に走り出している。
出端を挫かれる緊急停車
品川も過ぎ、山手線と分かれてだいぶ街のネオンも少なくなった。順調そのものと思われた矢先の22時12分頃、寝台特急〔サンライズ瀬戸〕〔サンライズ出雲〕は緊急停車した。すぐさま「信号待ちのため停車しています。しばらくお待ちください」との車内放送が流れた。停車場所は京浜東北線・蒲田駅を過ぎた辺りだろうか。しばらくして再度車内放送が流れた。「京浜東北線の蒲田−川崎間で人身事故が発生したため、しばらく停車致します。新しい情報が入りましたら、ご案内致します」。出端を挫かれた人身事故だった。その後、なかなか新しい情報は入らないのか、車内放送はしばらくなかった。こんな時の1分、2分は案外長く感じられる。大して急ぐ旅でもない。気長に待つことにしよう。
22時27分、列車が動き出した。運転再開なのだろうか。事故現場は並行する京浜東北線なので、東海道線に支障がなければ運転再開となるのだが、一向に速度は上がる気配もなく、すぐに再び停車した。およそ14輌分程度の距離しか動いていないだろう。たぶん、踏切に引っかかって動いたのかもしれない。22時30分、再び動いたが、すぐに再々停車。やはり、踏切が最後尾に引っかかっていたからだろうか。このような時、延々と踏切が封鎖されてしまえば沿線の人たちも「事故の間接的な被害者」となってしまう。
この停車の間に車掌の検札が回ってきた。ドアをノックし、こちらがドアを開けるのを待っている。早速ドアを開け、すぐにきっぷを提示した。スタンプが押され、きっぷはすぐに戻ってきた。この間、車掌はわざわざしゃがみ込んで応対してくれた。わずかなことだが、これだけでも印象がだいぶ違う。とても気持ちがいい。これは乗客として威張る気分の気持ちがいいのではなく、清々しい気持ちにさせてくれた。この時に、シャワー室の使用を申し込んだ。東京発車後の車内放送で、車掌の検札時に申し込むように案内されていたからだ。ついでにシャワーセットも申し込んだ。車掌はセットの手持ちがないので、後ほど持ってくると丁寧に応対してくれた。「“上々”な旅II」の寝台特急〔北斗星〕では、時間が指定されたが、今回の寝台特急〔サンライズ瀬戸〕〔サンライズ出雲〕では、特に時間指定は設定されておらず、自由な時間にシャワーを浴びることができる。
22時35分、「まだ救出作業が続いており、発車することができません」との案内放送が流れた。作業は難航しているようだ。こんな時こそ、枕元のパネルにあるオーディオサービスを利用するほかない。シングルでは、NHK-FMが入ってくる。A個室のシングルデラックスではNHK-BS1・2、WOWOWも入ってくるらしい。東京を発車して30分しか過ぎていないが、やはり音量には注意しなければならない。NHK-FMに耳を傾けていると、車内放送が割り込んできた。「現場の状況ですが、遺体を救急車に搬送しまして、安全を確認してから運転再開となります」と案内された。遺体を救急車に運んだということは、残念ながら死亡事故となったらしい。けれども、乗客には不要な情報であり、この場合は放送してほしくはなかった。情報伝達の取捨選択は難しいところだが、この場合の「死亡情報」は不必要な情報だったのかもしれない。
22時50分、列車が動き出した。どうも運転再開のようである。動き出してすぐに踏切に差しかかり、そこには消防車やパトカーが集まっていた。どうもここが事故現場のようだ。痛々しいがこれが鉄道の現実でもある。再び息を吹き返した寝台特急〔サンライズ瀬戸〕〔サンライズ出雲〕は、多摩川の鉄橋を加速しながら渡り、東京都から神奈川県に入った。動き出してしばらくして、車掌がシャワーセットを持ってきてくれた。シャワー使用料とあわせて510円だった。この時、車掌にきょうの乗車率をうかがってみた。車掌の話では、団体利用もあり、乗車率は決して悪くないらしい。この言葉を聞いて、頼もしくもあり、嬉しくもなった。やはり、寝台特急には少なからず「需要」はあるのだ。
22時58分、定刻より35分遅れて、横浜に到着した。東海道線のホームは運転再開を待つ人であふれんばかりだった。ただ、運転再開後の1本目が寝台特急〔サンライズ瀬戸〕〔サンライズ出雲〕だったようで、どことなくホームで待つ人々が注ぐ視線は「早く帰りたいのになぁ」とうらめしく感じてしまった。
シャワーを朝にしようと考えたが、せっかくなら早めに浴びようと、3号車のシャワー室に足を運ぶことにした。

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