| JôJô Tour 2004 |
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| 夜になると、函館駅は優しい「ひかり」に包まれる。 |
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| 函館駅には乗り入れることはない北海道新幹線。それでもやはり、新幹線を熱望する地元の期待は伝わってくる。 |
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| 寝台特急〔北斗星2号〕が電光掲示に案内される。左側のディスプレーは、MicrosoftのPowerPointによると思われる各種の案内表示。ICT化はここでも進んでいる。 |
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| 上磯行のディーゼルカーがアイドリングしながら、乗客を待っていた。 |
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| DD51型ディーゼル機関車の重連に牽引されて函館駅に入る寝台特急〔北斗星2号〕。 |
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| 〔北斗星〕のエンブレムが、豪華寝台特急へいざなってくれる。 |
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| ソロは2階建てで2階室に乗車。淡いローズ色が気持ちを和ませてくれる。 |
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| 狭い個室内ながらも、荷物置き場のスペースも確保されていて、なかなか機能的になっている。 |
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| 各個室の鍵はテンキーで4桁の数字を入力することで施錠、解錠できる。 |
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| 5号車の通路。 |
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| 食堂車のランプシェードが、旅情をさらに引き立ててくれる。 |
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| パブタイムのメニューもしっかりと充実したものになっている。 |
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| シャワー室は、温度調整も可能。揺れる車内のため、手すりは必須。 |
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| 鉄道の旅には、時刻表が欠かせない。 |
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| 雨が降り続く深夜の青森に到着。八戸からの特急〔つがる29号〕もほぼ同時に青森に到着した。 |
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| 空室だった1階の個室を通路から撮影した。 |
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| やはり、冬場のすきま風は相当寒いのか、車輌間のドアにはこんなステッカーが貼られている。 |
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| 寝台特急〔北斗星2号〕を見送る。終点・上野まであとわずか。 |

| 2レ 寝台特急〔北斗星2号〕 |
| 0.0 |
函 館 |
21:48発 |
| 160.4 |
青 森 |
0:04着 |
| 0:11発 |
| 547.8 |
仙 台 |
4:54着 |
| 4:56発 |
| 626.8 |
福 島 |
6:00着 |
| 6:02発 |
| 672.9 |
郡 山 |
6:38着 |
| 6:39発 |
| 790.1 |
宇都宮 |
8:10着 |
| 8:11発 |
| 869.3 |
大 宮 |
9:13着 |
夜が更けて
青函連絡船「摩周丸」が函館港に展示係留されているが、展示時間も過ぎてしまったので、摩周丸は次回にし、函館駅内で寝台特急〔北斗星2号〕の時間まで待つことにした。
函館駅の待合スペースにも、三々五々〔北斗星2号〕の乗客らしき荷物を抱えた人たちが集まり始めていた。直前にバタバタと列車に乗り込むより、待合室で気持ちを落ち着けながら列車を待つのが〔北斗星〕の乗り方なのだろうか。

改札口上の電光掲示には、木古内行の普通列車の後に「寝台特急北斗星2号 21:48 上 野 8」と案内されているが、最下段に21時30分頃から改札を始めますと案内されていて、改札は閉まったままだ。日曜の夜だけに、街に繰り出しているような人たちも少なく、どことなくひっそりとした函館駅前の街のような気がする。
時計の針も夜9時半にさしかかろうとする頃、構内放送で寝台特急〔北斗星2号〕の改札開始が告げられた。待合スペースに待っていた人たちも、押し合うでもなく、ゆっくりとおもむろに立ち上がり、最後の身支度を調えていた。
特急券・B寝台券のきっぷも取り出し、改札口へ歩みを進めるだけで、期待感がこみ上げてきた。
21時39分、湾曲した函館駅の8番線ホームに、DD51型ディーゼル機関車の重連に牽引された寝台特急〔北斗星2号〕が到着した。9分間の停車のうちに函館まで最後尾だったカニ24電源車側にED79型電気機関車を連結する。この9分間の停車に、札幌などからの乗客も身体を伸ばすためか、函館駅のホームに降り立つ姿があった。もしかすると、北海道の大地を味わっておこうと思って人もいるのかもしれない。
早速、特急券・B寝台券に指定された5号車に乗り込んだ。1番個室は車端側の2階個室だった。21時48分、ED79型電気機関車と連結した寝台特急〔北斗星2号〕は、函館駅を後にした。まだ、午後10時前だけに、個室でくつろぐ姿、開放B寝台では通路の折りたたみ椅子を降ろして、車窓を眺めようとする姿がけっこうあった。けれども、函館駅発車の慌ただしさが落ち着くと、レールのジョイント音が軽快に響くだけとなった。
食堂車〜津軽海峡を眺めながら楽しむ〜
寝台特急〔北斗星2号〕は、わずか4時間前に特急〔白鳥11号〕で辿ってきた線路を進んでいく。車掌の検札を受け、荷物も整理したところで、食堂車「GRAND CHARIOT」に行ってみることにした。この時間の食堂車は、パブタイムで、予約しなくても食事を楽しむことができる。
比較的空いていて、待つことなくテーブルに着くことができた。やはり、日曜の夜だからだろうか。テーブル上の赤いランプシェードが否応なく旅情を引き立ててくれる。夜の帷はすっかり落ち、函館湾には漁船がわずかに見える程度だ。ウェートレスがメニューを持ってきてくれる。ただ、江差線内だけに、案外食堂車も揺れている。立ち仕事のウェートレスも重労働なのかもしれない。函館市内で夕食を取ったので、夜食程度に、アルコールとおつまみをオーダーする。普通の食堂に一人で行くなら、待っている間に携帯電話のメールを確認したりするが、ここでそんなことは逆にしたくない。思う存分、食堂車の車窓を楽しみたい。なによりの楽しみは車窓を眺めながらの食事なのだから。
ほどなくしてオーダーしたアルコールとおつまみが出てきた。揺れるとはいえ、アルコールの瓶が倒れたり、お冷やがこぼれるほどではない。アルコールが出てきて、手酌するのはある意味淋しい気もするが、こればかりは致し方ない。静かにアルコールを楽しみ、車窓を楽しむのも至福のひとときというものだろう。
それにしても、さきほど受け取ったメニューも種類が豊富に揃っている。限られた食堂車のスペースで、よくぞこれほど供食サービスを提供できるものだと感心してしまう。
4人がけのテーブルでは、話の花が咲き、車窓も楽しみながら、食堂車のひとときを楽しんでいる様子だった。ただ、こんな姿も寝台特急〔北斗星〕の他に、寝台特急〔トワイライトエクスプレス〕と寝台特急〔カシオペア〕でしか楽しめないのは、なんともさみしい。けれども、寝台列車の斜陽化が著しい今、起死回生の食堂車連結を東京−九州間などの寝台特急に求めても、現実問題としては難しいものがある。やはり、「観光要素」が寝台列車の乗客にないと、食堂車の連結は難しい。せめて、ロビーカーの一角に、車内販売のワゴンで、供食サービスが提供されてもいいとは思うのだが。
車窓を楽しんだとともに、“別腹”をもいっぱいにしたところで、会計を済ませる。それと同時に、シャワールームの予約をした。2つあるシャワールームは順次予約が入っていたが、22時30分〜23時のルームNo.2を予約した。合わせて、アメニティーグッズも購入した。シャワールームの予約とアメニティーグッズで510円。
快適なシャワー
いったん個室に戻り、シャワールームへの支度を調えた。なかなか慌ただしい動きだが、通路は静かに通らないと、もう床に就いている人もいる。個室の鍵をかけ、再び6号車に向かう。6号車はソロとミニロビー、シャワールームの合造車で、ミニロビーはひとときの語らいを楽しむグループがいた。
早速指定されたNo.2のシャワールームのドアを開けると、脱衣ルームがあった。食堂車で受け取ったカードを機械に差し込むと、シャワーの残り時間が「6:00」となった。揺れる車内で、服を脱いだりするのは手すりがないと難しい。けれども、常に片手が手すりにないと危ないわけでもなく、シャワーを浴びる準備はできた。シャワールームのドアを閉め、「出」のボタンを押すと、温水が出てきた。ただ、注意しなければならないのは、シャンプーや石鹸をシャワールームに持ち込んでおかないと、後で脱衣所に取ろうとしてもドアを開けると、シャワーの残り時間「0:00」になってしまう。
頭を洗ったり、身体を洗って、こまめにシャワーを止めると、案外6分間というのは十分だった。けれども女性には6分の出湯時間はどうなのだろうか。けれども、日中の梅雨空で汗ばんだ身体には、シャワーはなんとも気持ちがいい。やはり、さっぱりとしてから朝を迎えるのと、そうでないのとでは気分が違う。
2分ほど、出湯時間を残し、シャワー室を出た。濡れた身体を拭き、身支度を調えた。ドライヤーもあって、女性にはうれしい設備だろう。ただ、シャワールームを出ると、レールのジョイント音が聞こえず、ミニロビーからの車窓はトンネル壁が続いていた。ふと、思い出した。函館発車後の車内放送で、青函トンネルの入時刻と出時刻が案内されていた。22時38分に入り、22時55分に最低点を通過し、23時18分に出ると案内されていた。時計の針は既に22時50分を指そうとしていた。つまり、青函トンネル内でシャワーを浴びていたことになる。確かに、トンネルに入る瞬間を窓から確認できなかったのはなんとなく実感できない要素になっているが、青函トンネル、海底下でシャワーを浴びていたと思えば、そちらの方がすごいと思えた。
本州へ
さっぱりとした身体で、5号車の個室に戻った。まだ青函トンネルが続いている。23時05分、竜飛海底駅通過。スーっと静かに進んでいる。特急〔白鳥3号〕〔白鳥11号〕では青函トンネルに感動していたが、寝台特急〔北斗星2号〕では青函トンネルの感動よりも〔北斗星〕に感動している。とはいえ、頭の中で青函間の地図を思い浮かべると、今まで海底下にいたことがやはり信じがたい。23時18分、車掌の案内放送通りに、本州側のトンネル出口を出た。
青函トンネルを出たところで、急行〔はまなす〕とすれ違ったのを確認できた。
あらためて、ソロを見直してみる。居住空間としては、前回の“上々”な旅で乗車した寝台特急〔彗星〕のソロよりは広く感じる。ただ、立ったまま着替えられず、腰掛けて着替えないと、頭を天井にぶつけてしまう。それ以外は、充実した空間となっている。もう一点、難点を示せば、2階ソロの個室内側のドアノブの位置が低すぎるくらいに感じてしまうことだった。個室内の階段を降りつつ、ドアノブを回すには腰を低くしないとドアノブに手が届かない。もう少し、高い位置にあってもいいのではないかと思うが、ドアノブの機能上、外側のドアノブの位置と合わせないといけないとなると、なかなか難しい位置選定となった結果なのだろう。
23時37分、蟹田で運転停車し、貨物列車とすれ違った。蟹田から青森までの津軽線の区間は、江差線区間と同様に揺れが大きくなった。スーっと揺れがほとんどなかった海峡線(青函トンネル)区間との差が激しい。
ソロのような個室にいると、わざわざロビーに出て行く必要を感じなくなってしまう。けれども、ソロのような個室内でAC電源がないのは改善の余地があるように感じた。いわゆる家庭用電源と同じ100ボルトのAC電源がひとつでもあれば、携帯電話の充電、電気シェーバーの充電、さらにはノートパソコンの使用と、実生活の場面場面で電気は欠かせない。このような寝台列車でも電気使用に対するニーズは決してないわけではなく、何らかの改善策が必要なのではないだろうか。
窓側にあるコントロールパネルでは、空調やラジオを調整するようになっている。オーディオは、1ch:ラジオドラマ、2ch:洋楽、3ch:ヒーリングミュージック、4ch:クラシック音楽、5ch:ポップスBGMで、6ch〜10chは設定があるものの、何も放送されていなかった。1chのラジオドラマはロビーのテレビモニターで放映されていたビデオの音声だったのだろうか。このような音楽の有無だけでも、個室の居住性は変わってくる。ただ、レールのジョイント音を楽しむのもいいが、やはり音楽に耳を傾けながら、車窓を楽しむのもオツなものである。
既にお休み放送があり、明朝の郡山到着前まで放送はない。いくつかのポイントを渡り、スピードが落ちていくと、明るいホームが見えはじめた。日付がちょうど変わる頃、0時04分、青森駅に到着した。窓からは特急〔つがる29号〕の姿が見え、降り立った乗客が改札口へ足早に歩いていた。この特急〔つがる29号〕は、東京からの〔はやて〕から連絡する最終列車で、東京を20時04分に出ると、この時間、約4時間で青森まで辿り着くことができる。寝台特急〔北斗星2号〕に乗りながらも、東北新幹線の威力を思い知らされた。
ED79型電気機関車に変わり、最後尾のオハネフ25客車にEF81型電気機関車が連結される。0時11分、進行方向を変え、寝台特急〔北斗星2号〕は南下を始めた。ただ、進行方向が変わったため、5号車1番の2階個室では、進行方向と逆になってしまった。その点は、レール方向にベッドがある寝台特急〔彗星〕の個室の方がよかったかもしれない。
そろそろ、個室の灯りを読書灯に落として、ベッドに横になった。
〔北斗星〕での夜明け
2時35分、盛岡駅に運転停車したのに起きたが、すぐに眠ってしまった。
6時前、目が覚めた。仙台停車に気づかなかったが、定刻通りに運転されていれば、まもなく福島に停車する。こんな時間から、通路に出たり、ロビーに行くのも周囲の個室利用の乗客に迷惑になりかねないので、個室内で過ごそう。6時00分、定刻通り福島に到着した。少なくとも、5号車の個室から下車した乗客はいないようだ。福島から〔やまびこ152号〕に乗れば、東京には8時24分に到着する。次の郡山でも同じ〔やまびこ152号〕に乗り換えられるので、なにも早朝の福島で乗り換える必要もないのだろう。
朝食
既に夜は明けきり、青空がのぞいている。梅雨前線の雲は切れているらしい。窓から指す朝日が眩しいくらいだ。6時30分を指す頃、「おはようございます」と車内放送が再開された。
郡山に6時38分に到着した。月曜日の朝、世の中はいつもと同じように動き始めていた。通勤・通学客がちらほらホームに見えはじめた。7号車の食堂車「GRAND CHARIOT」からも朝食営業開始の案内放送が流れた。7時を回り、個室外の通路でも人の動きがみられるようになった。混まないうちに食堂車で朝食を済ますことにした。
7号車の食堂車「GRAND CHARIOT」のドアを開けると、わずか1テーブルしか空いておらず、そこに腰をかけた。和朝食と洋朝食の2種しか朝食がなく、洋朝食をオーダーした。ほどなくして、スクランブルエッグやサラダ、パンがテーブルに並んだ。朝日が眩しいくらいに差し込んでくる。普段の朝食なら、時間に追われて、味わうことなど少ないが、きょうは特別な朝食だからこそ、ゆっくりと味わおう。
車窓を眺めながらの食後のレモンティーは、格別の味わいがあった。通過していく駅々では、通勤電車を待つ利用客の姿が流れていった。食堂車の窓ガラス一枚を隔てて、日常と非日常の世界が広がっていた。
食堂車を後にし、5号車の個室に戻った。6号車のミニロビーでは旅仲間と談笑を楽しむ姿が始まっていた。また、各車輌を巡回する車内販売も朝食の弁当やサンドウィッチを積んで回っていった。ふと、寝台特急〔北斗星〕について思った。それは、急行〔津軽〕や急行〔八甲田〕のような“上京列車”の匂いは、微塵も感じることができないのだ。それはそうだろう。確かに東北本線を走る上り長距離列車であるのに、寝台特急〔北斗星〕には感じることができなかった。これが、もし寝台特急〔はくつる〕だったら、違ったのかもしれない。
さて、寝台特急〔北斗星2号〕は、順調に南下を続け、黒磯の交直流変換のデッドセクションも通過していった。通過していく駅々のホームには、高校生の姿を多く見かける。たぶん、1学期の期末試験なのか、それとも部活なのか。8時10分に宇都宮に到着。東北新幹線でも東北本線・宇都宮線でも乗客の動きが活発なのに、この列車だけは全くの別だ。
〔日本海北斗星〕
夢にまで見た寝台特急〔北斗星2号〕の旅も、残りわずか1時間となってしまった。1988年(昭和63年)3月13日の運転開始以来、既に16年が経過しているにもかかわらず、登場以来の輝きは失せていない。後継の豪華寝台特急〔カシオペア〕が登場したといえども、その人気は絶大だ。上野駅で発車を待つ〔北斗星〕を初めて見たあの日は、忘れてはいない。けれども、せっかくなら1往復ぐらいは、日本海の奥羽本線経由で運転してもいいのではないかと、ふと考えた。東北本線が災害で不通になった場合に、臨時で日本海側に迂回することがあるが、それを定期列車にしようというのである。寝台特急〔トワイライトエクスプレス〕と同じように、日本海を望む車窓も“売り”にしてもいいのではないだろうか。同じルートで2往復(臨時列車・〔カシオペア〕を除く)も運転しているなら、1往復を日本海側に回して、〔日本海北斗星〕としても……と考えるのも無理はない。
エピローグ
「あと5分ほどで、大宮に到着します。……」。いつもの車内アナウンスが少し淋しく聞こえた。11時間30分の〔北斗星2号〕の旅もエピローグを迎えた。身支度を調え、個室の階段を降りた。終点・上野まで乗る人が多いのか、大宮到着に降りる支度をしている人はほとんどいない。
9時13分、寝台特急〔北斗星2号〕は、大宮駅4番線ホームに到着した。ドアが開き、ターミナル・大宮の喧噪が一気に身体に浸みてきた。これは、都会生活の現実へ引き戻された証でもあった。早々にドアも閉まり、寝台特急〔北斗星2号〕は、都会の喧噪が渦巻く中、独特のオーラを放ちながら終点・上野への最後のスパートに走り出した。
しばらくは〔北斗星〕人気は根強く続くだろう。けれども、登場以来18年経過した〔北斗星〕の陳腐化は、やはり感じずにはいられなかったのも事実だ。後継として〔カシオペア〕があるが、特別A寝台、A寝台のみでは、寝台列車に対する需要に全て応えられないだろう。車輌自体は国鉄時代に製造されて、少なくとも20年以上経っている。抜本的な見直しも必要となるだろう。「がんばってほしい」。この言葉はいとも簡単に出せる。だからこそ、日々のサービスレベルの維持・向上に弛まぬ努力を続けていてほしい。
(完)
寝台特急〔北斗星2号〕の車輌編成
| 1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
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電源車 |
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| ←上野・函館 |
青森→ |
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