| JôJô Tour 2004 |
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| 「今、あなたの居る場所は海面下134メートル」が、海底下を実感させる。海底といっても、地図で見れば、海岸線の間近であるが、「海底」には違いない。 |
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| ケーブルカーで青函トンネル記念館へ。このケーブルカーには、天皇・皇后両陛下も乗車されたという。 |
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| 鉄道事業法で許可を受けたれっきとした「鋼索鉄道」である。 |
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| 青函トンネル記念館駅には海底下からの風圧を遮る風門が備わっていて、通常時は閉じられている。 |
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| ケーブルカー「もぐら号」。 |
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| 青函トンネル記念館は、4月25日〜11月10日に開館する。さすがに、冬期間は吹雪で |
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| 青函トンネル記念館内部は、トンネル掘削のあゆみが展示されている。 |
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| 青函トンネル記念館の周囲には、トンネルを掘り進んでいったドリルなど、多くのトンネルに関係したものが保存されている。 |
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| 石川さゆりのヒット曲「津軽海峡・冬景色」の歌碑も建てられ、赤いボタンを押すと、2番が大音量で流れる。 |
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| 有名な「階段国道」は竜飛岬にある。ちゃんと国道の標識まで設置されている。 |
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| 体験坑道駅に設置されている「一等水準点」。 |
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| 掘削工事当時を再現した展示は、ガスマスクを装着したマネキンが正直不気味だ。薄暗いと「お化け屋敷」になったのかもしれない。 |
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| 漏れ出た海水を汲み上げるポンプがうなっていたり、警備員が巡回していたり、24時間休むことをしらないようだ。 |
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| 鉄道施設にもかかわらず道路標識の「徐行」の看板がトンネル内にあった。トンネル内の移動には自転車が活躍しているようだ。 |
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| 北海道から本州へ、貨物列車が進んでいく。凄まじい通過音に思わず身を縮めてしまいそうだ。 |
竜飛海底駅から地上へ?
案内役のJR北海道の社員が誘導してくれて行き着いた先は、避難所となる場所だった。つまり、竜飛海底駅の本来の機能である緊急時の乗客の待避所である。スタジアムにあるような背もたれのないベンチがズラッと並ぶ待避所には、公衆電話なども備わっており、万一の場合は、ここから地上に避難するという。決して使われて欲しくない設備であることには間違いない。
案内役がいろいろと説明をしながら、坑内を進んでいく。ちなみに、ここは海面下134メートル海の底の下にいるらしい。「海底の下」?…… 自分のいる位置が信じられない自分がいる。800メートルほど歩き、ケーブルカーに案内された。これで青函トンネル記念館に行くとのことだ。大きな荷物は鍵のかかる専用棚に預け、身軽にして歩を進めた。
体験坑道駅と名づけられた海底側のケーブルカーの駅には、既にこれから乗り込もうとするケーブルカーが待っていた。「これに7分ほど乗っていただき、地上の青函トンネル記念館に向かいます」。……地上? 今、海底の下にいるのにケーブルカーに乗って地上に出る?…… またまた自分の頭が混乱する。そんな軽く混乱しているのに、案内されるがままに、ケーブルカーに乗り込んだ。ケーブルに引かれ、斜坑を一気に登っていく。ダイレクトに台車の揺れが伝わってくるのか、ガタガタと結構揺れ、案内役の方の話さえ聞き取りにくい。隣には階段があるが、果たして何段あるのかさえわからない。ただ一瞬、「ケーブルが切れたら……」との思いが頭をよぎった。
等間隔に並ぶ蛍光灯がまるで光の帯のように続いていく。もちろん、隣の階段を登ったりしている人はいない。しばらくケーブルカーに揺られ、青函トンネル記念館駅に到着した。ここには風門という設備がある。トンネル内には1m/sの人工風を送っていて、北海道と青森側のトンネル本坑から出るようにコントロールされていて、この他にもセクションを分けるように風門が設置されている。実際に、数ヶ所の風門をくぐってきたが、1m/sというよりも台風並みの風が吹いていた。本坑よりも狭いところに風圧が集まっているのだから、台風並みになるのだろう。
青函トンネル記念館駅は、青函トンネル記念館に隣接していて、そのまま展示ホールなどにつながっている。青函トンネル記念館入館券を手渡され、しばらくの間、フリータイムとなった。

展示ホールは、まさにホール全体が「プロジェクトX」(NHK総合)である。先人たちがどれほどトンネル建設に情熱を注ぎ、苦労してきたのか、熱いものを感じることができる。1946年(昭和21年)の地質調査開始以来、1988年(昭和63年)3月13日の開業まで、42年の大事業がここに凝縮されて展示されている。2階にはシアターが設けられ、ビデオで42年の大事業を学ぶことができる。

津軽海峡・“夏”景色
青函トンネル記念館の周囲には、竜飛岬の風を活用した風力発電の風車が回転し、自衛隊の施設もある。なにより観光客を集めているのが、「津軽海峡・冬景色」の歌碑と階段国道だ。「津軽海峡・冬景色」の歌碑は、もちろん石川さゆりのヒット曲の歌碑である。2番が大音量で流れる。なぜ、2番が流れるかといえば、2番の歌詞に竜飛岬が歌い込まれているからだ。だから、「♪上野発の夜行列車 降りたときから 青森駅は 雪の中」の1番ではなく、「♪ごらんあれが竜飛岬 北のはずれと 見知らぬ人が 指を指す」が流れてくる。大音量のわりにスピーカーからの歌は割れずに聞きやすくなっていた。やはり、津軽海峡は、この歌のイメージなのだろうか。梅雨時の初夏にもかかわらず、どんよりとした梅雨空が「津軽海峡・“夏”景色」のようで、なんとなく感傷に浸ってみたくなった。
竜飛岬から津軽海峡を眺めていると、どこかに青函連絡船が動いているような気持ちになった。現実には絶対にあり得ないのだが、「津軽海峡・冬景色」を聴いていると、青函連絡船が航行しているようでならなかった。ちなみに、津軽海峡は日本海から太平洋に常に潮が流れていて、陸奥湾・平舘海峡を出ると、当時の青函連絡船も揺れたという。
もう一方の階段国道も、国道の標識が取り付けられ、おまけに「階段国道」のプレートまで付けられていた。本来ならば、自動車が通れないような国道は、県道や村道に格下げすべきという道路行政の問題は、ここでは別次元だろう。これだけでも「観光資源」になっているのだから。
青函トンネル記念館前には、トンネル掘削のドリルや作業員を運んだトロッコなどが展示されていた。この他にも、1990年(平成2年)に天皇・皇后両陛下が青函トンネル記念館を訪問された記念碑も建立されていた。碑面にはED79型電気機関車が牽引する快速〔海峡〕が描かれていた。
集合の予定時刻前に青函トンネル記念館内に戻り、売店で、記念グッズを買い求めた。目を惹いたのは、『男たちの海峡 青函トンネル風雪20年 中田健造写真集』(1988年)という写真集である。トンネル掘削の作業員達の姿をモノクロ写真で綴った写真集だが、まさにタイトルの通り、勇ましい職人たちの姿がそこにはあった。
竜飛海底駅に戻る前に、もう一度、青函トンネルをデータでふりかえってみたい。
| トンネルの全長 |
53.85km
(世界一) |
| 掘削した土砂 |
6,330,000m3
(10トンダンプ98万台分) |
| 注入したコンクリート |
1,470,000m3
(霞ヶ関ビル3杯分) |
| セメント |
847,000トン |
| 鋼材 |
1,680,000トン
(東京タワー42基分) |
| 火薬量 |
2,860トン
(隅田川花火大会を数百回分) |
| 最深部の圧力 |
10円玉に100kgの圧力 |
| 働いた人 |
延べ13,700,000人 |
>>> 青函トンネル記念館 www.seikan-tunnel-museum.com/
集合時刻に指定された場所に行き、いよいよ、再び海底下に潜ることとなる。棟続きのケーブルカー青函トンネル記念館駅で「もぐら号」に乗り込んだ。上りのケーブルカーでも説明されたのかもしれないが、このケーブルカーは778mで、日本一短い「鉄道会社」だという。体験坑道駅でケーブルカーを降りると、「一等水準点」を紹介された。標高はマイナス134.3mで、一般にみられる最も低い水準点だそうだ。ちなみに、青函トンネルの最低点にマイナス256.6mの水準点があるけれども、列車が通過していてまず見られない。
しばらく歩きながら、トンネル設備を案内された。青函トンネル記念館の展示を見てからだと、ずっとわかりやすく感じる。途中にはマネキンを用いて、掘削当時の様子が再現されているが、正直ガスマスクを装着した作業員のマネキンは不気味で怖い。どのような岩を掘ってきたのか、岩盤を固める水ガラス、セメントなども実物を紹介された。
実際に列車が通っている本坑に並行して先進導坑があるが、そこを移動するには自転車が活躍するという。また、先進導坑の一部にはレールさえあった。
〔白鳥11号〕を待つ間、待避所脇の展示ブースで待っていたが、展示ブースの水槽は残念ながら汚れていて、魚がいるかさえわからず、トンネル構造を示した模型も動く様子はなかった。湿度が60〜80%もあって、なかなか地上と同じわけにはいかないようだ。それでも、〔白鳥〕などのオレンジカードを販売していて、「竜飛海底」の駅名標のオレンジカードを買ってみた。

海底駅見学は2004年度限り?
なにより、案内役の方の説明に最後、驚いたことがあった。それは、もしかすると2004年で吉岡海底駅とともに海底駅の見学コースは終了する可能性があるということだった。見学コースの人気低迷が原因かと思いきや、これが原因ではなく、北海道新幹線の着工が原因だという。2005年度にも着工する情勢で、着工となると、3本目のレールをトンネル本坑内の軌道に設置する工事が始まる。その工事の前線基地が両海底駅になり、見学できる可能性がなくなるという。けれども、工事そのものを見学コースに組み込めば、さらに、海底駅見学コースの魅力が高まると思うのだが、難しいのだろうか。
なにより、函館にやってきた修学旅行生の見学コースにならないだろうか。先人たちの労苦を偲び、青函トンネルの技術水準の高さを理解するには、修学旅行もうってつけで、ぜひとも修学旅行のコースに組み込まれるようになってほしい。
〔白鳥11号〕到着まであと数分になった頃、北海道から本州への上り貨物列車が竜飛海底駅を通過していく様子を間近でみることができた。しかし、凄まじい轟音とともに通過していく貨物列車に身が縮まる思いがした。
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