トップplus+上々≠ネ旅II 2004〔白鳥3号〕
〔はやて11号〕
八戸線
十和田観光電鉄
〔白鳥3号〕
青函トンネル記念館
〔白鳥11号〕
〔北斗星2号〕
JôJô Tour 2004

2004年 〔はやて〕 青函トンネル 〔北斗星〕  大宮〜青森〜函館  “上々”な旅II

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 観光列車の快速〔きらきらみちのく下北〕(八戸発大湊行)が三沢駅に到着する。
 ここ三沢には東北新幹線が延伸しても新幹線駅が開業する予定はない。
 特急〔白鳥3号〕が三沢駅に到着する。すれ違う列車は青森発八戸行の普通列車(570M)。
 長く大阪−青森間の日本海縦貫線の最長特急(昼行)だった〔白鳥〕は、新しく新幹線連絡と青函間連絡の2面を有する特急となった。
 青森で方向転換するため、6分停車する。
 大阪からの寝台特急〔日本海3号〕からも連絡している。
 津軽線は線形がよくなく、よく揺れる。「次は竜飛海底」を撮影しようにもなかなかうまくいかない。
 「まもなく、青函トンネルに入ります。」と電光案内器でも案内される。
 世界でも2駅しかない海底駅。ここは青森県側だが、本州にあるJR北海道の管轄下である。

1003M 特急〔白鳥3号〕
0.0 三 沢 11:24発
30.4 野辺地 11:41着
11:42発
75.0 青 森 12:11着
12:17発
138.9 竜飛海底 13:04着

新〔白鳥〕

 三沢駅に戻って1時間程度、時間をもてあましたが、霧雨のような雨が降り続いていたので、JR三沢駅の待合室で待つことにした。待っている間に観光列車の快速〔きらきらみちのく下北〕が入ってきた。この列車は、2002年(平成14年)12月の東北新幹線・八戸開業を契機に運転を開始した観光列車で、八戸を始点に、大湊にいったん入り、青森で折り返し、八戸に戻る列車である。

 東北線は首都圏と北海道を結ぶ幹線だけあって、長大な貨物列車が次々と通過していく。まさに「貨物幹線の動脈」を感じさせるが、2010年頃に予定されている東北新幹線め新青森開業後は、ここ三沢を含め、東北線の八戸−青森間は第三セクター「青い森鉄道」に転換される計画だ。それでも、貨物の動脈は変わりそうもない。ただ、三沢には新幹線が止まらない。確かに、東京へは三沢空港からの飛行機利用が便利だ。しかし、地元の方から話をうかがうと視界不良や降雪で欠航になり、八戸からの新幹線がやはり便利だという。

 さて、11時24分、八戸発函館行の特急〔白鳥3号〕に乗り込んだ。国鉄時代に製造された485系電車だが、外装、内装ともリニューアルされており、「国鉄時代の特急」の面影はない。特急〔つがる〕などに使われているE751系電車と遜色はないようだ。指定席の1号車の乗車率は50%程度だろうか。

 新幹線連絡と青函連絡の性格を併せもつ〔白鳥〕。鉄道ファンにとって〔白鳥〕といえば、大阪と青森を日本海縦貫線(北陸線・信越線・羽越線・奥羽線)で結ぶ最長特急(昼行)の〔白鳥〕のイメージが強い。いわばこの〔白鳥〕が初代である。初代の〔白鳥〕は約40年間走り続けたものの、2001年(平成13年)3月に、〔雷鳥〕〔北越〕〔いなほ〕に分断・統合される形で廃止された。それ以降、〔白鳥〕の名は途絶えていたが、わずか22ヶ月後に2代目となる〔白鳥〕が戻ってきた。これが、現在の〔白鳥〕である。東北特急の雄であった〔はつかり〕からバトンを受けた〔白鳥〕は、JR北海道の789系電車は〔スーパー白鳥〕とともに新幹線連絡と青函連絡の役割を果たす。ちなみに、青森駅は唯一、初代と2代目が関わった駅である。

青森へ

 〔白鳥3号〕は東北線を一気に北上する。11時41分に野辺地に停車すると、津軽地方に入り、次は青森である。地元の方の話だと、青森県は八戸などの「南部」と青森・弘前などの「津軽」では、県民性が全く違うらしい。「青森=津軽」と思ってしまいがちだが、津軽藩と南部藩の江戸時代からのものをそのまま自然に受け継いでいるとのことだ。

 指定券に指定された1号車は禁煙であるため、喫煙できる2号車の自由席車に移動してみた。2号車は1号車よりも少ない30%程度の乗車率だろうか。やはり、新幹線の指定席と一括して購入する傾向が強いためか、指定席のほうが乗車しているようだ。雨は弱いながらもずっと降り続いているようだ。この季節の旅行はどうしても雨がつきまとってしまう。少し早いが車内販売で弁当を購入した。「八戸小唄寿司」で鮭と鯖の押し寿司だ。全国駅弁コンクール第1位を獲得した銘品であると宣伝しているだけあって、おいしく食べた。鯖は脂がのっててうまかった。そして、押し寿司を切るナイフも三味線のバチの形をしているのはユニークだ。なにより、どんよりとしてはいるが、車窓の流れゆく眺めは、鉄道でしか味わえない。

 「まもなく、青森です」。車内放送が流れ、左側に奥羽線・津軽線への短絡線が分かれ、さらに奥羽線が合流してくると、青森に到着する。ここで、〔白鳥3号〕は方向転換する。車内放送でも青森で方向転換する旨が案内されていたが、2号車の自由席車では、青森で下車するのか、案内に合わせて方向転換する人はほとんど見かけなかった。

 12時11分、〔白鳥3号〕は青森駅3番線ホームに到着した。2号車からも下車する利用客が多かった。反対側のホームには大阪からの寝台特急〔日本海3号〕が到着していた。〔白鳥3号〕にうまく連絡している。青森で6分間停車するが、三々五々自由席車にも乗客が乗り込んできた。12時17分、それまで最後尾だった1号車を先頭にした〔白鳥3号〕は再び走り出した。2号車は20%を超える程度席が埋まっており、青森に停車中に座席を転換した乗客が多く、乗客が乗っていない座席だけが後ろ向きとなってしまった。今まで走ってきた東北線を左に分かれ、〔白鳥3号〕は津軽線へ進む。右へ右へと進むが、途中で左手には東北新幹線・新青森駅と車両基地の造成が進んでいる光景を目にすることができた。東北新幹線は青森駅には入らず、新青森が終着となる。将来的には青函トンネルを経由する北海道新幹線に接続するためで、青森駅は新幹線開業とともに旅客部門についてはその中枢的機能を失う。

 単線の津軽線に入ると、いっきに揺れ幅が大きくなったようだ。確かに、青函トンネル開業前は純然たるローカル線だったため、線形が決してよいとはいえない。

 車掌の案内放送には「青函トンネルに入る時刻と出る時刻をご案内致します。入る時刻は12時59分頃、出る時刻は13時32分頃です」と、青函トンネルに関する情報も添えられていた。開業から16年たった今でも青函トンネルに関する案内を続けているのはうれしく感じる。毎週のように青函間を行き来している人には、不必要な情報であるが、開業後16年の今でも初めて青函トンネルをくぐろうという私のような人物もいる。わがままかもしれないが、できれば、続けてほしい。

いよいよ青函へ

 津軽線に入って2つ目の駅、奥内で〔白鳥18号〕で行き違う。この他にも、貨物列車が待避していたり、単線の幹線におけるダイヤ設定の難しさを感じてしまう。蟹田でも運転停車。ここでは運転士が交替したのだろうか。陸奥湾を右手に進んできたが、いよいよ海峡線に入っていく。12時56分、本州地上側最後の駅となる津軽今別を通過した。駅名標はJR東日本のものではなく、JR北海道のものとなっている。

 海峡線は、津軽線とは違い複線で線形がよい。「ガタンゴトン」から「スー」とジョイント音も一気に少なくなった。いくつかのトンネルをくぐると、いよいよ青函トンネルである。

 12時59分、車掌の案内放送の通り、青函トンネルに突入した。一瞬であるが「青函」とトンネルの銘板も確認できた。53.85kmの世界最長の海底トンネル「青函トンネル」である。一気に下っていく感じはなく、青函トンネルと意識しなければ普通のトンネルとそう変わりはない。

 トンネルに入ってもあまり「耳ツン」もなく、〔白鳥3号〕は順調に進んでいる。「まもなく、竜飛海底に到着します。見学整理券をお持ちの方は、2号車のドアにお集まりください」と車内放送が流れた。おもむろに荷物を網棚から降ろし、ドアの方に向かった。〔白鳥3号〕は減速を始めた。13時04分、〔白鳥3号〕は竜飛海底駅に到着した。車掌が見学整理券を確認し、ドアコックでドアを開けた。いわゆる手動である。降り立ったのは自分を含め3人。1mほどしかないホームからトンネルの奥の方に進んだ。これが竜飛海底駅である。案内役のJR北海道の社員が出迎え、その誘導に従い、進んでいった。〔白鳥3号〕はドアコックを再度閉め、発車していった。この〔白鳥3号〕は竜飛海底駅に停車する期間だけ、通年で停車する吉岡海底駅とともに、2つの海底駅、両方に停まる列車である。ホーム幅が狭く、〔白鳥3号〕を見送ることはできなかった。いよいよ、海底駅「竜飛海底駅」の見学が始まる。

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