トップplus+上々≠ネ旅I 2003別府
JôJô Tour 2003

2003年 〔のぞみ〕 〔彗星〕 〔ソニック〕 〔サンライズ瀬戸〕  東京〜別府 看板列車乗り継ぎ “上々”な旅

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 早朝の静かな別府駅に着いた〔彗星〕。残念ながら、ヘッドマークはない。
 別府の駅名票。「べっぷ」の大書きの右下に温泉マークが。温泉地の誇りが感じられる。
 国鉄時代、大きな駅にはホーム上に洗面所があった。まだ別府駅には残されていた。
 土曜日朝の温泉街の駅は、ひっそりとしていた。
 別府市街。上は別府駅前、下は国道10号線(別大国道)、奥に別府タワー。
33 寝台特急〔彗星〕
0.0 京 都 20:20発
39.0 新大阪 20:51発
42.8 大 阪 20:56着
21:02発
73.4 三ノ宮 21:24発
130.7 姫 路 22:09発
219.3 岡 山 23:14発
235.2 倉 敷 23:27発
277.6 福 山 0:01発
297.7 尾 道 0:17発
309.2 三 原 0:28発
582.3 下 関 4:28着
4:33発
588.6 門 司 4:41着
4:47発
594.1 小 倉 4:55着
5:01発
645.9 中 津 5:42発
669.9 宇 佐 6:00発
714.9 別 府 6:40着

九州初上陸 

 2003年(平成15年)10月11日、土曜日。午前4時36分。備え付けの浴衣に着替え、ベットを組み立て、その上にシーツを敷き、ややくたびれた毛布を掛けて寝ていた〔彗星〕の2号車8番個室のこの日限りの住人は目覚めた。外は暗い。「ん?」……トンネルだ。時刻表によれば、下関を発った後である。つまり、トンネルは、関門トンネルなのである。このトンネルを抜けると九州である。

 4時40分、関門トンネルを抜けた。目の前に九州の玄関・門司が広がる。そのまま、門司に停車する。門司では14分間も停車する。ここで、前の〔彗星〕と後ろの〔あかつき〕が分離される。早朝から個室を出て、外に出るのはやめておこう。それほど、車内は静かである。だが、決して誰もいないのではない。他の乗客はまだ夢の中である。

 先頭の電気機関車は、EF66電気機関車からEF81電気機関車に変わっている。〔あかつき〕を残して、〔彗星〕は一足先に門司を出た。小倉からは日豊本線に入る。

 あとは、中津、宇佐に停車するだけである。日豊本線は一見すると、周防灘沿いに走っているように見えるが、時間帯が早いからか、周防灘を望むことはできないが、うっすらと夜が明けようとしていた。空には満月が見守るように輝いている。

 車内は静かで移動を控えたくとも、トイレだけは避けられない。ベッドをはね上げ、ドアを開ける。通路は車輪からのジョイント音しか聞こえない。1号車側にあるトイレ・洗面所に向かう。誰もいない。ドアをノックして開ける。西村京太郎サスペンスものの見過ぎだろうか、「ドアを開けたら、そこに死体が……!」と恐る恐る開けたが、異状なし。当たり前である。

 日豊本線に入ると、線路の規格が落ちるのか、やや揺れも大きくなる。福岡県から大分県に入り、中津に停車する。〔彗星〕は国東半島をショートカットするように走る日豊本線を南下し続ける。徐々に外は明るくなる。それとともに、大分の空は朝もやに包まれていることが目に入ってくる。

 5時59分、宇佐に到着し、〔彗星〕の残す旅路は40分あまりとなった。杵築駅で上り列車(ソニック2号)との行き違いのために運転停車。杵築駅を動き出す頃、車内放送が再開される。「おはようございます。本日は10月11日、土曜日です……」と車内放送が始まった。普段の新幹線などでは味わえない車内放送だ。「まもなく別府に到着します」と放送は締めくくられた。静かに荷物をまとめ、忘れ物がないか、再度確認する。のちのち楽しい思い出に変わるとはいえ、忘れ物ひとつでもせっかくの旅もミスで気分が台無しになってしまうことさえある。

新幹線や航空機では味わえないもの

 6時40分。京都から8時間20分。〔彗星〕は別府駅1番線ホームに到着した。〔彗星〕から降り立った乗客は私以外に2、3人程度。ほのかに温泉の香りが漂うような別府駅のホーム。30秒ほど停車して、〔彗星〕は別府を後にした。南宮崎まであと4時間程度の〔彗星〕の旅は続く。

 土曜朝の温泉街の駅は、「静か」そのものである。6時53分発の〔ソニック4号〕を待つ利用客しかいない。

 高架式の別府駅のホームを降り、改札口にはJR九州の制服を着た駅員さんが立っていた。ごく当たり前のことだが、ここは九州・別府。駅員さんの制服の違いでも、九州に来たことが実感できる。別府駅前はタクシーが数台止まっている程度で、ひっそりとしている。

 品川から約15時間。1221.7kmの旅は、ここ別府で第一幕を終えた。羽田空港から大分空港まで100分。航空機の8倍の時間をかけ、たどり着いた別府。決して新幹線や航空機では味わえない、「時間の贅沢」を味わった旅行である。それに、「ソロ」は、国鉄が分割・民営化し、JRとして再スタートを切った頃、「鉄道復権」を目指した頃の面影を残す車両である。鉄道復権とバブル経済が車の両輪の時代に感じた1990年代。しかし、〔彗星〕の「ソロ」にはバブルの臭いはなく、鉄道復権を目指したJRマンたちの香りが漂っている気がした。

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