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北海道日本ハムファイターズ 2006年シーズン日本一記念

キハ183系5000番台 ニセコエクスプレス「ファイターズ号」
ニセコエクスプレス「ファイターズ号」

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 2003年(平成15年)12月、1988年(昭和63年)から「ニセコエクスプレス」として活躍していたJR北海道のリゾート列車(キハ183系5000番台ディーゼル気動車3輌編成)が、翌年のプロ野球・日本ハムファイターズ札幌移転を機に、北海道日本ハムファイターズのマークをあしらったペインティングが施され、それ以降「ファイターズ号」として運転されている。

北海道内リゾート列車物語

 北海道内のリゾート列車の歴史は、国鉄の分割・民営化直前の1985年(昭和60年)にさかのぼる。この頃、スキーリゾートを中心とした「北海道リゾート」が注目を集め、国鉄も従来の函館中心(対本州連絡)から札幌と千歳空港を中心とした航空輸送との連携を前提とした体系に移行していた。石勝線沿線にスキーブームを背景として2つの大型リゾートホテルがオープンした。両ホテルは千歳空港からのスキー客輸送を道路網が不便なことから石勝線に頼っていた。が、国鉄の運行する臨時列車は古びた車輌ばかりで、「リゾート」の雰囲気とはほど遠く、ホテル、利用客の双方から不満があった。そこで、ホテル側は国鉄に特別車輌の開発を申し入れた。ホテルが列車を借り切って営業収入を保証するから特別車輌の開発を、という好条件であった。前代未聞のケースで、従来の国鉄の体質では受諾し難い申し入れではあったが、分割・民営化を前にした増収政策への方針転換もあり、国鉄とホテルの提携によって、リゾート列車用の特別車輌が開発されることになった。

 車齢20年近い急行形気動車をベースにした斬新な車輌開発は、苗穂工場に委ねられた。長い歴史を持ち、車輌技術に優れる同工場であるが、デザインや色彩のセンスを問われるかつて例のない改造であり、関係者は非常な苦労を重ねたという。この改造では、リゾートホテル側の関係者も多くアドバイスしている。改造費用の総額は当時価格で1億2,000万円に達した。特別車輌は「ALPHAアルファ CONTINENTALコンチネンタル EXPRESSエクスプレス」と命名された。通称「アルコン」と呼ばれたアルファコンチネンタルエクスプレスは秀逸なデザインと設備の良さから広く注目を集め、バブル経済期前後のリゾートブームを背景に、団体貸切列車や臨時特急・急行列車として道内各地で運行された。発足当初のJR北海道におけるイメージリーダーとしての役割は計り知れない。

登場年 名称 引退年
1985年(昭和60年) アルファコンチネンタルエクスプレス 1995年(平成7年)
1986年(昭和61年) フラノエクスプレス 1998年(平成10年)
1987年(昭和62年) トマムサホロエクスプレス 2002年(平成14年)
1988年(昭和63年) ニセコエクスプレス
1989年(平成元年) クリスタルエクスプレス トマム&サホロ
1992年(平成4年) ノースレインボーエクスプレス

 翌年の1986年(昭和61年)には第2弾となる「Furanoフラノ Expressエクスプレス」(キハ80系ディーゼル気動車改造)、1987年(昭和62年)には「TOMAMUトマム SAHOROサホロ EXPRESSエクスプレス」(キハ80系ディーゼル気動車改造)が登場した。これらは2002年(平成14年)までに全車が引退している。なお、アルファコンチネンタルエクスプレスの両先頭車輌は、うち1輌が千歳市の牧場に買い取られ、もう1輌が苗穂工場で先頭部分がカットのうえ、保存されている。

 1988年(昭和63年)には第4弾となる「Nisekoニセコ Expressエクスプレス」(キハ183系5000番台ディーゼル気動車新製)が登場し、1989年(平成元年)には「CRYSTALクリスタル EXPRESSエクスプレス TOMAMUトマムSAHOROサホロ」(キハ183系5100番台ディーゼル気動車新製)は運転室を2階部分とする小田急ロマンスカー、名鉄パノラマカー様式にした。1992年(平成4年)には「NORTHノース RAINBOWレインボー EXPRESSエクスプレス」が登場した。これらの現役車輌は、道内の臨時特急列車やリゾート臨時列車で活躍を続けている。

キハ183系5000番台 ニセコエクスプレス「ファイターズ号」
キハ183系5000番台 ニセコエクスプレス「ファイターズ号」
キハ183系5000番台 ニセコエクスプレス「ファイターズ号」
キハ183系5000番台 ニセコエクスプレス「ファイターズ号」
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キハ183系5000番台 ニセコエクスプレス「ファイターズ号」 札幌駅発車
fighters_sapporo_dep.wmv
(20,053KB:2分35秒:2006年11月11日収録)
2006年の臨時特急〔ファイターズ号〕の運転実績
運転区間 対戦
3月25日 東室蘭(9:26)→札幌(11:17) 東北楽天
(3-1)
2006年開幕戦
札幌(18:15)→東室蘭(19:56)
10月11日 札幌(23:05)→旭川(0:45) 福岡ソフトバンク
(3-1)
プレーオフセカンド
ステージ第1戦
10月12日 札幌(23:05)→旭川(0:45) 福岡ソフトバンク
(1-0)
プレーオフセカンド
ステージ第2戦
10月24日 札幌(23:05)→旭川(0:45) 中日(6-1) 日本シリーズ第3戦
10月25日 札幌(23:05)→旭川(0:45) 中日(3-0) 日本シリーズ第4戦
10月26日 札幌(23:05)→旭川(0:45) 中日(4-1) 日本シリーズ第5戦

 北海道日本ハムファイターズが札幌に移転し3年目の2006年(平成18年)、札幌ドームでのリーグ開幕戦にあわせて、東室蘭−札幌間に臨時特急〔ファイターズ号〕が運転された。4万2,393人の超満員の観衆を集めたこの開幕戦、対東北楽天ゴールデンイーグルスを3-1で破り、札幌開幕戦を白星で飾り、「ファイターズ号伝説」が始まった。

 レギュラーシーズンを首位通過した北海道日本ハムファイターズは、プレーオフセカンドステージを札幌ドームに福岡ソフトバンクホークスを迎えた。首位通過には1勝のアドバンテージが付き、北海道日本ハムファイターズは2勝、福岡ソフトバンクホークスは3勝すれば、パシフィック・リーグ優勝となった。このプレーオフにあわせて、札幌発旭川行で前回と運転区間を変更し、臨時特急〔ファイターズ号〕が運転された。第1戦(10月11日)は3-1で福岡ソフトバンクホークスを破り、リーグ優勝に王手をかけた第2戦、北海道日本ハムファイターズは9回ウラに1-0で劇的なサヨナラ勝ちをおさめ、1981年(昭和56年)以来25年ぶりにリーグ優勝を果たした。

 日本シリーズ出場を果たした北海道日本ハムファイターズは、敵地ナゴヤドームでセントラル・リーグ優勝の中日ドラゴンズと戦い、1勝1敗で札幌に移動した。この札幌での日本シリーズ第3戦〜第5戦でも臨時特急〔ファイターズ号〕が札幌発旭川行で運転されることとなった。札幌での3戦を、6-1、3-0、4-1と3連勝(ナゴヤドームからは通算4連勝1敗)し、1962年(昭和37年)以来44年ぶりに日本一に輝き、「新庄劇場」は劇的な幕切れを迎えた。トレイ・ヒルマン監督の「シンジラレナ〜イ!」は北海道だけでなく、全国の流行語となった。

 この札幌での3戦とも臨時特急〔ファイターズ号〕が運転されたことから、2006年(平成18年)に臨時特急〔ファイターズ号〕が運転された試合日には北海道日本ハムファイターズが無敗を記録し、「臨時特急〔ファイターズ号〕が運転される日は負けない」という「ファイターズ号伝説」が日本一とともに成就した。

 ちなみに、JR北海道は北海道日本ハムファイターズのグランドパートナー(スポンサー)である。


(北海道イメージアップキャンペーンキャッチフレーズ・ロゴタイプ届出番号2598)

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