| E233-1000 Series |
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京浜東北線・根岸線に新次世代電車「E233系1000番台電車」登場

209系電車開発前史
1992年(平成4年)3月、JR東日本は、当時首都圏で主力として活躍していた103系電車の置き換えを目的に、205系電車に変わる新しい通勤形電車、試作車輌「901系電車」を開発した。
この901系電車は、国鉄〜JRの電車史においてエポックメイキングとなる車輌で、国鉄時代からの設計思想などに囚われず、全く新しい発想から開発した車輌である。JR東日本の電車では初めてVVVF(可変電圧可変周波数)制御を採用し、3編成(A編成・B編成・C編成)で製造メーカーの違いによる細かな点の差異、試作的比較要素を認め、その分製造コストを抑制することを狙い、徹底した軽量化を図った。
JR東日本は、東京圏という大通勤圏を抱え、その通勤客の輸送を賄うために大量の車輌を保有、運用しなければならない。国鉄時代ならば全国に転配することで車輌の寿命を延ばすこともできたが、それでは地方は都落ち≠オた車輌しか回ってこない。そもそも電化方式が合致したところでなければ転配できない。ならば、大量の車輌を保有、運用しながら新しい車輌を導入するにはどうすればいいのか。答えは「コスト抑制」だったはずである。そもそも、民営化したのだから、コスト意識も強く働いた。また30年間も車輌を走らせていたら、どう修繕・更新しても陳腐化は否めなくなる。ならば、従来の車輌耐用年数である26年程度の半分、製造から13年程度経った時点で廃車するか修繕するかを判断できるようにすれば、コスト面でも問題ない。そこで、901系電車は「重量半分・コスト半分・寿命半分」が開発のコンセプトとなった。
この901電車を、当時103系電車が主力だった京浜東北線・根岸線に導入し、3編成で使い勝手や機器の性能を比較し、901系電車の量産型である「209系電車」が製造されることになった。
209系電車登場
901系電車の営業運行開始から約1年が経過した1993年(平成5年)2月、車輌製造メーカーである東急車輌と川崎重工業から209系電車の第1編成が京浜東北線・根岸線の車輌基地である浦和電車区に搬入され、早速営業運転に入った。
この209系電車は、
- VVVFインバータ制御(可変電圧可変周波数制御)装置と交流モーターを採用
- 運転席のマスター・コントローラー(マスコン)に左手ワンハンドル式マスコンを採用
- 車体重量を軽量化(ボルスタレス台車、新しい車体構造)
- 内装のモジュール化(FRPパネル)
- パケット式シート(独立形)の採用、スタンションポールの導入
- ドア上にLED式停車駅案内装置の設置、ドア開閉チャイム
など、901系電車での性能確認などを踏まえ、従来の103系電車や205系電車などとは異なる新しい技術が採り入れられた。
1993年の通商産業省グッドデザイン賞にも選定され、1次車となる13編成(126輌)は京浜東北線・根岸線と、1編成(6輌)が南武線に配備された。2次車(3編成)では、初めてJR東日本大船工場で製造した車輌2輌も組み込まれた。これは後のJR東日本の自社車輌製造工場へと繋がる伏線となっていく。
3次車(7編成)では、扉開閉装置に改良が加えられ、4次車の配備で浦和電車区には35編成、350輌が揃った。
JR東日本自社製造車輌第1号
1994年(平成6年)6月に新潟県新津市(現在の新潟市秋葉区)に、JR東日本が自社車輌製造所となる「新津車両製作所」を発足させ10月には操業を開始した。1995年(平成7年)4月には、新津車両製作所の記念すべき第1号編成である「209系電車」の36編成が完成し、往年、特急〔とき〕が走り続けていた信越本線・上越線・高崎線を上って、浦和電車区に配置された。新津車両製作所での車輌製造は順調に進み、5次車となる13編成が京浜東北線・根岸線で運転を開始した。なにより、この5次車では、通勤時間帯の停車時間遅延を防ぐことを目的に、既に山手線(205系電車のサハ204、当時はE231系500番台電車ではない)に導入されていた「6扉車」を京浜東北線・根岸線にも導入することとなり、209系電車では6号車に「6扉車」のサハ208が組み込まれ、1次〜4次車でも6号車に6扉車が組み込まれ、編成の組成変更が実施された。
京浜東北線・根岸線209系電車編成の変更
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| クハ208 |
モハ208 |
モハ209 |
サハ209 |
サハ209 |
サハ209 |
モハ208 |
モハ209 |
サハ209 |
クハ209 |
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| ↓ |
| クハ208 |
モハ208 |
モハ209 |
サハ209 |
サハ209 |
サハ208 |
モハ208 |
モハ209 |
サハ209 |
クハ209 |
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1996年(平成8年)には八高線・八王子−高麗川間の電化開業に合わせて、直通運行する川越線(川越−高麗川間)で車輌が不足することから、209系電車4編成を導入した。この八高線・川越線用の209系電車は、京浜東北線・根岸線用の209系電車とは差異があることから、3000番台とされ、京浜東北線・根岸線用の209系電車は「0番台」と区分されるようになった。
京浜東北線・根岸線209系0番台電車配置完了
1997年(平成9年)10月、京浜東北線・根岸線向けの最終となる9次車(12編成)が浦和電車区に配置され、901系電車を量産化改造した209系900番台・910番台・920番台電車と合わせて、81編成810輌の209系0番台電車の投入が完了した。
1999年(平成11年)12月には、103系電車と比べ47%の電力消費量で運転できることから「この電車は、従来の半分以下の電力で走っています」というステッカーが貼られ、「エコ・トレイン」の車体広告車まで登場した。2000年(平成12年)、京浜東北線の自動列車制御装置(ATC)デジタル化工事のため、中央線・総武線緩行線(各駅停車)の習志野電車区所属の209系500番台電車が2編成が転属した。209系500番台電車は、209系0番台電車よりも車体幅が広くなった車輌で、シングルアームのパンタグラフが搭載されている。
2006年(平成18年)9月に、JR東日本から「京浜東北線・根岸線に新型車輌が導入する」と公式に発表され、209系0番台電車の去就に注目が集まったが、209系0番台・900番台電車は引退・廃車、中央・総武緩行線から転属した209系500番台電車は京葉線にさらに転属することが明らかとなった。
「209系グループ」の形成
京浜東北線・根岸線に導入されるのと同時に、南武線に209系0番台電車に2編成(12輌)が配置された。1994年(平成6年)には209系電車からの派生形式といえるE217系電車が試作され、横須賀線・総武本線(快速)に導入され、1995年(平成7年)には「E217系電車」が本格的に配備された。このE217系電車は1999年(平成11年)11月までに8次配備され、横須賀線・総武本線(快速)はE217系電車に統一された。
1996年(平成8年)1月には八高線・川越線(八王子−川越間)に209系3000番台電車が、1998年(平成10年)には中央線・総武線緩行線(各駅停車)において、103系電車の車輌故障頻発から新型車輌の導入を前倒しし、209系500番台電車を配備した。この209系500番台は、E217系電車で導入した幅広車輌を継承して車体幅が209系0番台電車より広がり、通勤ラッシュの混雑緩和に一役買った。
1999年(平成11年)、地下鉄千代田線直通の常磐線緩行線(各駅停車)に209系1000番台電車が登場し、地下鉄区間にも209系電車が進出した。これにより、209系電車は京浜東北線・根岸線、南武線、中央線・総武線緩行線(各駅停車)、常磐線緩行線(各駅停車)、八高線・川越線に合計1,036輌が導入された(試作車改造の209系900番台電車を含み、E231系900番台電車に形式変更された209系950番台電車を除く)。
209系電車の陣容
| 形式 |
運用線区 |
編成数 |
車輌数 |
所属 |
| 0番台 |
京浜東北線・根岸線 |
78 |
780 |
浦和電車区 |
| 南武線 |
2 |
12 |
中原電車区 |
| 500番台 |
中央線・総武線緩行線(各駅停車) |
17 |
170 |
習志野電車区→三鷹電車区 |
| 900番台 |
京浜東北線・根岸線 |
3 |
30 |
浦和電車区 |
| 1000番台 |
常磐線緩行線(各駅停車) |
2 |
20 |
松戸電車区 |
| 3000番台 |
八高線・川越線 |
4 |
16 |
川越電車区 |
| 3100番台 |
2 |
8 |
| 合計 |
108 |
1,036 |
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| (参考)E217系電車 |
横須賀線・総武本線他 |
51・46 |
745 |
大船電車区 |
三鷹・松戸・川越・大船の各電車区は、現在の三鷹車両センター、松戸車両センター、川越車両センター、鎌倉車両センターと改組されている。
試作車輌の運用離脱
901系電車から量産化改造された209系900番台電車は、新型車輌の登場を待たずに、運用から離脱することとなり、3編成は2006年(平成18年)12月から2007年(平成19年)8月までに営業運行の運用から外された。この離脱車輌を穴埋めするため、中央・総武緩行線の習志野電車区所属の209系500番台電車が追加的に3編成が浦和電車区に転属された。
営業運行の運用を外れた209系900番台電車は、大宮総合車両センター車両検査科東大宮センター(東大宮操車場)に回送され、2007年12月から試験に供される1輌を除いて3編成29輌が順次長野総合車両センターに送られ、解体された。以前は大宮工場(大宮車両センター)で解体されていたが、鉄道博物館開設により、長野の地に送られ、解体されることとなった。
209系0番台電車の廃車
2007年(平成19年)12月、JR東日本新津車両製作所製造第2号となる編成(37編成)が廃車のため、EF64型電気機関車に牽引され中央本線を経由して長野総合車両センターに回送された。これが、209系0番台電車の廃車第1号で、京浜東北線・根岸線で運用されている209系0番台電車78編成780輌が、新型車輌と引き替えに廃車される。
当初の車輌設計コンセプトで「重量半分・コスト半分・寿命半分」と言われたが、京浜東北線・根岸線に限っては当初の目的通りに製造からおよそ13年で廃車されることとなる。なお、南武線で運用されている209系0番台電車は、主要機器を更新して引き続き営業運行に用いられる。
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