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Nipponia nippon

このページでは、トキを「朱鷺」と表記を統一しています

ニッポニアニッポン

トキ【朱鷺・鴇】 Japanese crested ibis

  • 動物界・脊椎動物門・鳥網・コウノトリ目・トキ科・トキ
  • 学名:Nipponia nippon

全長(体をまっすぐに伸ばした時のくちばし先から尾羽先まで)約75cm、翼長(翼の羽の長さ)約40cm、翼開長(翼を開いた時の左右の翼端から翼端まで)約140cmで、体重は約1,600g〜2,000gあり、サギと比較して大型の鳥。一般に白いというイメージがあるが、白いのは1年の半分だけで、あとの半年は灰色型となる。これは、俗に生殖羽(成鳥のみ繁殖期に現れる)で、この時期だけ翼の下面が美しい淡紅色、すなわちトキ色となる。1877年(明治10年)ごろは、新潟県全域および本州、北海道にも多く生息していたが、その後著しい乱獲がたたり、ほかの地方ではすべて姿を消した。そしてその生き残りは佐渡だけになった。特別天然記念物、国際保護鳥。1965年(昭和40年)9月13日には新潟県の「県の鳥」に指定。

出典:新潟日報事業社出版部編[1984]、『新潟県大百科事典』を加筆

 朱鷺は、学名を「ニッポニアニッポン」(Nipponia nippon)といい、その名の通り、日本中にいた鳥で、日本を代表する鳥である。稲作文化を中心とする日本人の生活に深く関わり、古くは「日本書紀」にもその名が残されている。明治時代以前は人間と共生していた朱鷺は、明治時代に入ると、人間に狙われる存在になった。美しい羽毛を狙って撃たれたり、水田を荒らすと農民に嫌われたりし、日本の空を舞う朱鷺の数はみるみる激減した。20世紀に入り、自然破壊や餌の取れる田んぼの減少など環境の悪化で、ついに朱鷺は絶滅のピンチに立たされた。

 江戸時代の末期、長崎のオランダ商館に勤めていた医師、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(Philipp Franz von Siebold)は、日本の民具、美術品、動物や植物の標本などを多く収集し、本国・オランダへ送った。この中には朱鷺の標本も含まれていた。当時ライデン博物館の館長だったテミンク(Temminck)がこれを研究し、Ibis nipponという学名をつけて1835年(天保6年)に発表した。その後、1853年(嘉永6年)にライエンバッハという研究者がNipponia属を新設し、現在ではNipponia nipponという学名が定着している。Nipponia属に分類されている鳥は、朱鷺1種のみである。

「トキ」を表す漢字

 このページでは、「トキ」を「朱鷺」と表記しているが、実はトキを漢字で示す場合、複数の漢字が用いられる。

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