トップクハ181-452007年10月14日 鉄道博物館へ
KUHA 181-45

在来線特急〔とき〕の姿を探し求めて… 新潟で静かに過ごす181系電車 〜静態保存クハ181-45〜

クハ181-45
さいたま市の鉄道博物館へ

 1987年(昭和62年)4月、国鉄改革により発足したJR東日本は、2007年(平成19年)4月に創立20周年を迎えた。それを記念して、現在、東京・万世橋にある交通博物館を、さいたま市大宮区・北区にまたがる大成町おおなりちょう地区に「鉄道博物館」として移転することとなった。

 万世橋駅跡に建設された交通博物館は、耐震性が不十分で、老朽化が著しいことから鉄道博物館の開館によって、2006年5月14日にその長い歴史に幕を閉じた。

鉄道博物館建設予定地概略図 2007年(平成19年)10月14日にオープンした「鉄道博物館」は、敷地面積が約42,500m2交通博物館の約8倍、展示スペースも約2倍に広がった。鉄道博物館は、

  1. 日本及び世界の鉄道に関わる遺産・資料に加え、国鉄改革やJR東日本に関する資料を体系的に保存し、調査研究を行う「鉄道博物館」
  2. 鉄道システムの変遷を、車両等の実物展示を柱に、それぞれの時代背景等を交えながら、産業史として物語る「歴史博物館」
  3. 鉄道の原理・仕組みと最新(将来構想を含む)の鉄道技術について、子どもたちが、模型やシミュレーション、遊戯器具等を活用しながら、体験的に学習する「教育博物館」

と位置付けられている。

 新潟車両センター(上沼垂運転区)で動態保存されている「クハ181-45」も、重要文化財である初代1号御料車、1号機関車、D51蒸気機関車などとともに、鉄道博物館で展示されている。

 新潟車両センター(上沼垂運転区)で20年以上も綺麗な状態で保存されていたがゆえに、いわば「故郷」とも言える新潟の地を離れ、鉄道博物館に展示されることになった「クハ181-45」。「鉄道博物館での展示」という栄誉とはいえ、新潟を離れてしまうことに一抹の寂しさを覚えてしまう。「クハ181-45」が鉄道博物館を訪れた多くの人々の心に残っていくことを願ってやまない。

 着々と建設工事が進む「鉄道博物館」。手前を走るのは、川越線の電車。その手前の線路は高崎線の線路(2007年5月21日撮影)。
新潟からさいたまへの移動方法は?

 さいたま市に建設される鉄道博物館に展示されることとなった「クハ181-45」。現在保存されている新潟市からさいたま市への移動は、どうするのだろうか? 考えられる方法は、

  • 電気機関車に連結して、信越本線・上越線・高崎線を新造列車と同様に「甲種車輌輸送」する
  • クハ181-45を大きく分解して、トレーラーで道路を陸送する
  • 新潟港から海運で輸送する

のどれかと考えられる。もし、電気機関車に連結して、信越本線・上越線・高崎線を移動するとなれば、「甲種車輌輸送」ではあるが、20余年ぶりに181系電車が日本の鉄路上に甦ることになる。

 「甲種車輌輸送」とは、貨物運送約款により「貨物」として託送される鉄道車輌のうち、貨車に積載せずそれ自体の車輪を使用して運送するものをいう。つまり、列車(車輌)を鉄道で輸送することをいう。代表例は、車輌製造メーカーから発注先の鉄道会社まで、新造車輌をJR貨物が輸送する。


 2007年(平成19年)5月6日にJR東日本新潟車両センターで、181系電車を見送るとも言うべき「さよなら展示会」が開催された。13日には、181系電車を車体と台車に解体し、それぞれトレーラーに慎重に載せ、15日に大宮の鉄道博物館に搬入された。

 残念ながら、甲種車輌輸送によって20余年ぶりに鉄路上に甦ることはなかったが、3日間かけて直線距離にして約225kmの道のりを慎重に陸送されていった。

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