トップクハ181-45静態保存写真集
KUHA 181-45

在来線特急〔とき〕の姿を探し求めて… 新潟で静かに過ごす181系電車 〜静態保存クハ181-45〜

クハ181-45静態保存写真集

 ここに掲載されている写真の撮影・掲載につして、撮影前に東日本旅客鉄道新潟支社広報室に承諾をいただいております。

(撮影日:2002年9月1日・2005年9月8日、撮影地:JR東日本上沼垂運転区=当時=、JR東日本新潟車両センター)

風雪からガード

 上越国境の吹雪に耐えた181系電車。その余生は風雪から守られる屋根の下だ。

ヘッドランプが復元

 181系電車は、中央本線の特急〔あずさ〕と共通で運用されるようになって、181系電車の運転室上のヘッドランプは、中央本線のトンネルが低いことから外されていた。現在のクハ181-45にはヘッドランプが復元されている。

やっぱり大きい

 営業中にはほぼ不可能な真正面からの撮影。〔とき〕のヘッドマークは初期のものである。「時」ではないことを表すように「朱鷺」と漢字でも書かれていた。

 こうやって真正面から見上げてみると、181系電車がつくづく大きいことに圧倒されてしまう。

輝く品格

 国鉄が分割・民営化されて15年。

 クハ181-45の運転席下にはマークが輝いていた。「特別急行」の品格と威厳がそこにはあった。

クハ181-45

 車体の中央に「クハ181-45」の文字。これがクハ181-45であることの証明でもある。

 ところで、客室内の様子はと言うと、青い座席も、カーテンもそのまま保存されている。ただ、20年の風雪に窓ガラスは曇ってしまい、中の様子をはっきりと見ることはできない。

今にもドアが開きそう

 「特急」のサボも健在。今にもドアが開いて、乗客が乗り降りしそうな雰囲気が漂う。

きれいに浮かび上がる

 陽を浴びた側面がきれいに整備され続けていることが、いかに181系電車が愛され続けてきたことを物語っているだろう。ちなみに、このクハ181-45の定員は56名。「新ニイ」とは、国鉄新潟鉄道管理局の新潟運転所を意味する国鉄時代の標記。

新型電車E127系電車が走る

 181系電車の背後には白新線が走っている。その白新線を走るE127系電車。E127系電車は1995年(平成7年)に登場した。181系電車にとっては、孫のような電車だろう。

同僚として、ライバルとして

 新潟と酒田・秋田を結ぶ特急〔いなほ〕が走っていた。上越新幹線開業前は、上越国境を、同僚として、ライバルとして走り続けたのは、〔とき〕と〔いなほ〕だった。

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