| Jôetsu Shinkansen |
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上越新幹線開業20周年
あのころ 1982
上越・東北新幹線が開業した1982年(昭和57年)。「1982年」は、どんな年だったのだろうか?
‖年表編|内閣編|スポーツ編|物価編|新潟ラテ欄|新潟駅の10時間ドキュメント‖
「新潟駅」 1982.11.14 20:00 − 11.15 7:00
- 20:06
- 飾り付けの終わった新潟駅新幹線ホーム14番線に明日の一番列車が滑り込む。
- 21:00
- 在来線の3番線ホームに特急〔とき21号〕(181系電車)が到着。ホームで待ち構えていた鉄道友の会新潟支部のメンバーが「25年間、君の残した功績は計り知れない。ごくろうさま」と“送る言葉”を朗読。近く解体される電車に名残を惜しむ。
- 22:18
- 新幹線14番線ホーム。一番列車は発車準備を終え、車内の電灯を消し、パンタグラフを下ろして眠りにつく。先頭車の前で一番列車に乗務する高橋一雄運転士が同僚と記念撮影。「あすになると撮れませんから。これから休みます」。また「あすは無事出発させたい」と古谷惣三郎警備科長。「このあとも1時間ごとに巡視します」。
鈴木隆造新潟駅長が姿を見せる。「構内を一巡して来ました。まだまだと思っているうちに、いよいよあすになりました」と感慨深そう。
- 0:00
- 下りの最終〔とき27号〕は、清水トンネルの架線故障で遅れが生じ、日付が11月15日に変わっても未だ新潟駅に到着せず。
- 0:15
- 最後の「特急とき」、〔とき27号〕が45分遅れで新潟駅1番線ホームに到着。〔とき〕から降りた新潟市関屋田町、会社員(42)は、この日一番の〔とき〕で奥さんの同級会へ一家4人全員で上京。「主人が鉄道ファンでしたので最後の〔とき〕を選んだんです。私、この〔とき〕で嫁に来たんです」と奥さん。
- 0:18
- 最後の〔とき〕に乗り込んできた車掌がホームで記念撮影。神田車掌長は「やっぱし、感慨があります。トンネル事故の影響で遅れてしまって……」とちょっと残念そう。
- 1:30
- 駅前のタクシーも2台ほど残るだけ。駅前交番にカップラーメンを抱えた若者が飛び込んできた。「お湯、くれませんか」。群馬大の鉄道研究会のメンバーで、「一番列車で高崎へ帰る」という。ポットを差し出す警官も苦笑い。
- 2:30
- 待合室は〔あさひ190号〕初乗りを目指す人たち150人以上で熱気ムンムン。寝袋や毛布にもぐり込んで仮眠する人も目立つ。
- 4:25
- 新幹線の安全を確かめるため、保線区の確認車が車両基地を出発、燕三条駅へ向かう。
- 4:45
- 初乗りを待つ乗客を待合室からみどりの窓口へ誘導。400人以上が行列。
- 4:58
- 新潟中央鉄道公安室。総員52人が整列。点呼開始。渡辺広文室長が「開業にあたり警備に全力をあげて対応してもらいたい」と訓示。神棚に向かって全員で安全祈願し、次々と出動。
- 5:25
- 新幹線指令センターは信号通信、施設、電力の各指令員が配置についている。新潟−上毛高原間が一目でわかる巨大なパネルに「作業中」のランプが点灯している。一番列車の出発を前に確認車による最後の点検が行われているのだ。操作盤の呼出音が鳴り、各区間の運転OKを告げてくる。「作業中」のランプが消えてゆく。30分ほどで全線「運転開始支障なし」となる。
- 5:30
- 始発、〔あさひ190号〕の改札開始。先頭の新潟大鉄道研究会のメンバーをはじめ、行列の顔が輝いてくる。新潟鉄道管理局営業部の職員12人も一線に出て誘導を手伝う。
- 6:35
- 新潟鉄道管理局、桝田総務部長が「おはようございます。待望久しい〔あさひ〕の出発式にようこそ」とあいさつ、出発式が始まる。小沢辰男、近藤元次、佐藤隆、桜井新の4代議士も顔をそろえる。ホームは一般の入場者や関係者でぎっしり。テレビやカメラの放列。
- 6:38
- 高木文雄国鉄総裁ら4人に新幹線ギャルから花束贈呈。
- 6:44
- 君健男新潟県知事、高木文雄国鉄総裁ら7人がテープカット。仲矢新潟鉄道管理局長ら5人がくす玉を割る。
- 6:45
- 大久保政賢新潟商工会議所会頭の音頭で万歳が響くなか、〔あさひ190号〕が静かに動き出し、拍手に送られてアイボリーホワイトと緑の帯が流れるように新潟駅を後にした。
(参考:『新潟日報』1982年(昭和57年)11月15日夕刊3面)
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